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「泣いたらアカンで通天閣」松竹座

 大阪松竹座に、坂井希久子原作・わかぎゑふ脚本・演出の「泣いたらアカンで通天閣」を観劇した。赤井英和主演で、三倉茉奈、山田スミ子、小川菜摘、紅壱子、桜花昇ぼるなど多数のベテラン俳優たちが出演するコメディである。Photo
 現代の大阪の下町、通天閣を仰ぐ新世界が舞台である。行列のできる格別美味のラーメン屋だった店を継いだゲンコ(赤井英和)は、お人よしで他人にも面倒見が良いが、酒好き・パチンコ好きの「ぐうたら」で、自他ともにみとめるマズいラーメンしかつくれず、店は大赤字が続いていた。ひとり娘センコ(三倉茉奈)は、そんな父と店を心配しながら会社勤めするしっかり者のOLだったが、会社の上司との不倫関係に悩んでいた。そこへセンコの幼な馴染みであったカメヤが東京から突然帰ってきた。カメヤは銀行を辞めていたが、親に言い出せないでいた。
 主人公親子のラーメン店と隣の質屋家族、ご近所さんの喫茶店やラブホテル経営者、そして地元のヤクザたちなど、多士済々のクセものぞろいの人たちとの交流をユーモアと人情を色濃く織り交ぜて描き出す喜劇である。
 赤井英和という俳優は、けっして上手だとは思えないけれど、独特の魅力があって、ついつい見入ってしまう。三倉茉奈は22年前のNHK朝ドラマ「ふたりっ子」の子役でデビューしたが、子役を脱して今では大人の女優として立派に生き残っている。よく通るきれいな声が舞台演劇向きかも知れない。桜花昇ぼる(おうか のぼる)はOSK日本歌劇団の元男役トップスターだそうだが、長身のさっそうとした風貌で、堂々とした歌をなんども披露してくれた。ほかの俳優たちも達者ぞろいで、きっちり脇をかため、正味2時間半余りを弛みなく楽しませてくれた。
 私は、めったに演劇を観る機会がなかったが、とても楽しめた観劇であった。

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ボストン美術館展 神戸市立博物館 (9)

現代美術
 現代美術となると、アメリカは中心的な活動の舞台になるようだ。アンディ・ウォーホル「ジャッキー」(1964ころ)は、J.F.ケネディ大統領暗殺事件のあと、喪服に身を包んだ夫人ジャクリーヌ・ケネディの顔写真を合成ポリマー塗料とシルクスクリーンで色を変えつつ複数に複写した作品である。手法はアンディ・ウォーホルの常套手段で、私は個人的にはいささか飽きてしまっている。

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 このほか、アンディ・ウォーホルからも影響を受けたとされるデイヴィッド・ホックニーの作品がある。ホックニーは、明るい色彩を自由に用いて、絵画の他にもコラージュや舞台美術など多彩な活動を続けている。「ギャロービー・ヒル」(1998)も明るく多様な色彩が特徴的な作品である。
 ボストン美術館収蔵品の展覧会は、ここ神戸市立博物館などで、近世日本版画など何度か鑑賞してきたが、今回もとても充実したよい展示であった。東洋の中国・日本と、西欧のフランス・アメリカ、そして古代エジプト、写真・版画と現代美術と、適正に区分・整理された展示企画は、観るものにとってわかりやすく親しみがもてた。展示作品数も80点と、私にとって鑑賞の緊張感が持続でき疲労しないちょうどよいくらいであった。展示作品の選択も、とくに古典作品は申し分なく優良な作品ぞろいで、じゅうぶんに楽しめた。

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ボストン美術館展 神戸市立博物館 (8)

版画・写真
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 ウィンスロー・ホーマー「八点鐘」(1887)は、エッチングの精緻な描写で、海上で船の位置を測定する二人の船員を描く。どうやら海は時化ていて、緊迫感漂う画面となっている。八点鐘とは、甲板当直の交代時刻を、鐘を8回連打することで伝えるのだそうだ。交代の意味から、死者に対する別れの追悼の鐘として鳴らされることもあるともいう。エドワード・ホッパー「線路」(1922)は、線路のカーブの脇にたたずむひとりの男の姿を暗い画面で描く。アメリカで開発が進展し経済成長が目覚ましくなり、豊かさが広がりつつあったなかで、それでもそこに生きる個々の人間は、孤独や絶望を感じることもあった、ということの表現のように思える。同じエドワード・ホッパーの「機関車」(1923)は、解説によると、当時版画作品では、微妙な色彩やトーンの導入、台紙の繊細な色目の選択が流行していたが、エドワード・ホッパーは敢えて単純な純白の紙の上に、真っ黒の墨で版画を制作したのがこの作品だという。とくに精緻に描き込んだわけでもないようなのに、金属光沢で重量感のある機関車が有無を言わさず力強く突き進む様子が伝わる。新興国アメリカのパワーの象徴のようである。Photo_2
 アンセル・アダムス「白い枝、モノ湖」(1947)がある。かなり大きな樹木の枯れ枝がすっかり白くなって、まるで白骨のような相貌となって、湖畔の荒れた岸に打ち上げられている。湖の様子も天候のせいなのか、なにかあやしい不穏な雰囲気に包まれている。解説に「時間の消滅」とあるが、そのように思えないこともない。なにか理由のわからない不条理の表現のようにも思える。
 ここでの展示は、豊かさの陰にある孤独、不安、絶望などの負の側面を訴える作品が多いように感じた。

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ボストン美術館展 神戸市立博物館 (7)

アメリカ美術
Photo アメリカ美術は、古典というよりほとんどすべてが近現代美術とみてよいと思う。私がとくに好きなのが、ジョージア・オキーフである。「赤い木、黄色い空」(1952)は、永住するようになったニューメキシコの景観を象徴的に切り取り、抽象化と大胆な構図と色彩で描いた絵である。照り付ける強烈な陽光を黄色で描き、この地特有の赤っぽい樹木をまるで大きな鳥のように描き、しかも鮮やかな赤色に彩色する。アメリカの原始的な自然と、そこに生きる自分自身の心象を表している。「グレーの上のカラー・リリー」は、緑色の茎をもつ一輪のユリを描く。ユリの花の柔らかな優しい曲面がなんともなまめかしい。愛・性・死などの寓意を自然に感じる。ジョージア・オキーフ・ワールドだ。Photo_2
 ジョン・シンガー・サージェント「フィスク・ウォレン夫人と娘レイチェル」(1903)という作品がある。私はこの画家は初見である。画家はこの絵を請け負って制作に入るとき、夫人がお好みの緑色のベルベットの服を身につけていたのを、華やかさを描くために光沢のあるこのドレスに着替えさせたという。そのドレスの華やかさに負けない夫人の美貌を描き得たのも立派である。新大陸アメリカの活力・豊かさを表現したかったのだろう。
 トマス・エイキンス「クイナ漁への出発」(1874)という作品がある。小さな船で漁に漕ぎ出すが、強い風に帆柱が大きく傾く瞬間をとらえる。光の方向と陰影、船のバランスなど、かなり詳細に計算されたしっかりした構図と表現だと解説に記されているが、私にはそこまではわからない。
 フィッツ・ヘンリー・レーン「ニューヨーク港」(1855)がある。この画家も私は初見だが、当時のアメリカでは名の通った風景画家であったという。丁寧でしっかりした筆致だが、いまひとつ画家の主張が伝わってこない。

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坂東玉三郎初春特別舞踊公演

 大阪松竹座に坂東玉三郎初春特別舞踊公演を観賞した。新年正月早々2日から26日まで、坂東玉三郎と若手女形のホープ中村壱太郎のふたりだけで、毎日1回ずつ上演するのである。Photo_2
 冒頭に口上があり、玉三郎からはじめて壱太郎につなぐ。壱太郎は若いだけに艶があってよく通る声で、初々しい好感がもてる口上であった。
 最初の演目は、「元禄花見踊」で玉三郎が壱太郎と一緒に上野の山に花見に憩う若い女を演じて踊る。満開の上野の山に、元禄時代のきらびやかな衣裳をつけた武士、奴、座頭、若衆、町娘、遊女などさまざまな階級の人々が集って花見の踊を踊るという、華やかで陽気であでやかな長唄舞踊である。舞台の照明もとても明るく、春爛漫の明るさに満ちている。
 2番目の演目は、対照的に月明かりのしっとりしたシーンからはじまる秋の風情を演じる「秋の色種(あきのいろくさ)」である。江戸時代の弘化2年 (1845)麻布不二見坂の南部侯の屋敷の新築祝いのため開曲された長唄の名曲とされる。
 3番目の演目は、壱太郎がひとりで舞う「鷺娘」である。白鷺の霊が白無垢姿の若い娘となって、とげられない悲恋にもがき苦しみつつ降りしきる雪のなかに果てるという物語を、長唄舞踊で演じる。2枚の衣裳を重ねて縫い合わせ、その糸を抜いて上の衣裳を引っ張るとパッとはがれて下の衣裳が現れる「引き抜き」と呼ばれる早変わりが見せ場としてなんども出現するのが特徴である。衣装の早変わりに同期して照明を瞬時に変えて、衣装の変化を効果的に演出する。30分ほども続く長丁場の舞踊だが、息つく間もなく緊張感が続いて、あっという間に終わったように感じた。
 最後の演目は、玉三郎がひとりで舞う「傾城」である。吉原を舞台に、恋に苦しむ美貌の花魁を、まさに豪華絢爛に舞踊で演ずるのである。冒頭の吉原の花魁道中の場面は、1~2分のごく短いシーンだが、華やかな舞台美術、とくに多数の提灯が遠近法で多数並ぶ光景は、とても豪華で印象的だ。玉三郎演じる花魁の衣装が、これまた豪華絢爛の典型のような見事なものであって、これだけでも見ものである。和服の製造・供給の立場からみると、歌舞伎の舞台のように豪華さ・見栄えの良さを極限まで追求する需要の存在は、思い切ったデザインや素材を開発・導入できる貴重な機会であろうから、歌舞伎は和服という大切な日本の伝統芸術を支える側面を担うとも言える。
 歌舞伎の女形という様式は、主に男の主観から「理想の女性」の容姿・しぐさ・身のこなしなどの典型を新たに創造する営為であり、理念的・人工的に形成された、いわば妄想にもとづく創造的な美の芸術のひとつの形態である。貴重な日本の伝統芸術であることは、いうまでもない。

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ボストン美術館展 神戸市立博物館 (6)

フランス絵画・下
Photo  ポール・セザンヌの「卓上のブドウとクルミ」(1890ころ)は、セザンヌらしい生命も動きも感じさせる静物画だ。セザンヌは「果物は、よく見ると私の目の前に現れるまでの自身の履歴を現していて、興味深い対象だ」として、好んで描いたという。たしかにこの作品も、果物の地味な色彩のなかに、その表面のちいさな傷も含めて、それら果物のそれぞれがそれまでに経験してきたことを探ろうとするかのように、きめ細かく丁寧に描かれている。Photo_2
 フィンセント・ファン・ゴッホの作品は、人づきあいが苦手で友人が少なかったゴッホが、たまたま親しく接した数少ない友人であった郵便取扱を生業とするジョゼフ・ルーランの肖像画と、その夫人の肖像画のペア作品2点である。ジョゼフの肖像は、朴訥で正直で暖かみを感じさせる人柄が現れている。ルーアン夫人の肖像は、一見不愛想な表情の背景に、花をちりばめた豪華な雰囲気の背景を配して、夫人の内面の豊かさを象徴している。ふたつの作品は、ともにこの二人に対するゴッホの親しみと愛情と暖かみを感じさせる。ルーアン夫人の絵について、ゴッホは「子守歌を思い出すような絵を描こうと思った」と述懐していたそうである。

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ボストン美術館展 神戸市立博物館 (5)

フランス絵画・上
 アメリカのボストンの人々は、印象派がヨーロッパに広く知れわたり普及してゆく以前から、バルビゾン派の活動などに注目して、漸次輸入していたという。
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 ジャン=フランソワ・ミレーの作品が3点展示されている。「編み物の稽古」(1854ころ)は、当時の庶民の女性たちが、自宅で家族のために衣服を造るという地味で苦労の多い仕事を描いたものである。「ブドウ畑にて」(1852)は、秋の収穫のため、春に仕付作業に励む農夫の様子を描く。「洋梨」(1862)は、ミレーとしては少し珍しい静物画である。
 クロード・モネの作品も4点ある。「ルーアン大聖堂」(1894)は、モネの印象派らしい絵である。大聖堂のおぼろげな輪郭は描かれているが、なにより正面から強烈に注ぐ陽光が強調され、しかも色彩が抽象化されてしまっている。光とその変化を独自の表現で描き切った絵である。
「アンティーブ、午後の効果」(1888)は、冬の晴れた日に遠く雪山を見上げる景観を、早春の冴えわたった光と空気と輝く水を描いた美しい風景画である。比較的初期の作品でもあり、光を強調して抽象化が進んだ後期の作品とは少し違う印象の、それでもとても魅力的な絵である。そして「睡蓮」(1905)である。多くのシリーズ作品のひとつだが、比較的落ち着いた、静かでゆっくりした時間の推移を連想させる作品である。
 ピエール=オーギュスト・ルノワールの「卓上の花と果物」(1869)は、ルノワールにしては珍しい静物画だが、さすがに絵の専門家・職人と思わせる見事な絵である。描かれた花も果物も、実物をはるかに置き去りにして輝いている。こんなに美しい花や果物は、とても実在しない。
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ボストン美術館展 神戸市立博物館 (4)

日本美術・下
 喜多川歌麿「三味線を弾く美人図」(文化初年ころ、1805ころ)がある。芸者かあるいは三味線の師匠と推測される粋な女性の絵である。とても手の込んだ決して素人はしないような髪飾りと、多くの男性から言い寄られて振ってきた記録としての多数の歌が書き込まれている。
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  そして、曽我蕭白である。「飲中八仙図」(明和7,1770ころ)は、官吏の堅苦しい仕事を辞して酒に酔狂している8人の自由人を描く。画面中央付近には「禁欲的な厳しい苦行は、なんの役にも立たぬ」として修行から離脱する釈迦を描いた図を画中画として導入し、ユーモアあふれた作品となっている。「風仙図屏風」(宝暦14,1764)は、強烈な風に耐える仙人の図である。画面左手の風上には、太く描かれた渦巻きがあり、龍を象徴している。時代を超えた大胆で斬新な構図である。曽我蕭白は、私がとくに好きな画家のひとりである。 

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ボストン美術館展 神戸市立博物館 (3)

日本美術・上
Photo 日本美術も、岡倉天心の師でありパートナーでもあったアーネスト・フランシスコ・フェノロサが研究し蒐集したもの、ウィリアム・スタージス・ビゲローのコレクション、など多数がある。「錆絵観瀑図角皿」(宝永7、1710)は、小さな正方形の白っぽい陶器製の皿だが、漢詩を尾形乾山が、滝見する日本の高人を兄の尾形光琳が描き、尾形乾山が焼き上げたという極めて贅沢な工芸品である。
Photo_2 英一蝶(はなぶさ いっちょう)の「月次風俗図屏風」(18世紀前半)がある。「月次」とは、ここでは月々の子供の遊びを言い、江戸下町のほのぼのとした風俗画になっている。江戸時代の庶民文化の繁栄が描かれている。英一蝶「涅槃図」(正徳3、1713)は、2.9×1.7メートルの大きな色彩絵である。釈迦の入滅を囲んで嘆き悲しむ多くの人々や動物を丹念に描く。人物として家族や子供が多いのが特徴であり、お釈迦さまが広範囲に慕われていたことを表している。
 姫路藩の藩主の弟であった酒井抱一の「花魁図」(18世紀)がある。琳派の達人らしく、みごとに引き締まった美しい絵である。

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ボストン美術館展 神戸市立博物館 (2)

中国美術

 12世紀初めころ、北宋は王安石・司馬光の対立にはじまる「新法・旧法の争い」で政治が混乱していた。1100年、父哲宗の崩御を受けて弟の趙佶が即位して徽宗となった。徽宗即位の直後は、皇太后向氏が新法派・旧法派双方から人材を登用して両派の融和を試みたがまもなく向氏が死去し、徽宗の親政が始まった。徽宗は新法派の蔡京を重用して宰相とした。徽宗・蔡京共に北宋時代を代表する芸術家であり、芸術的才能という共通項を持った徽宗は蔡京を深く信任し、徽宗朝を通じてほぼ権力を維持し続けた。政治的には混乱を収拾することはできず、やがて女真の台頭を許して1126年には首都開封が陥落し、北宋は滅亡する。このような北宋の最末期に、芸術的には花開いたのが皇帝徽宗であった。

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 「五色鸚鵡図鑑」(1110年ころ)が展示されている。保存状態もよく、美しい大型の絵画である。ここで蔡京が文章を書き、皇帝徽宗が絵を描いている。
 時代がくだり南宋の時代となってからの作品に、陳容「九龍図鑑」(1244)がある。陳容は、南宋末の画家で長楽 (福建省) の人で、太守をつとめた進士で、水墨画を得意とし、龍画の名手として高名であった。また詩文にも長じていたという。この作品は、約10mに及ぶ長大な紙に描かれた九匹の龍である。墨の黒が主だが、ごく一部に朱を使い、それが生きている。沸き立つ雲と荒れ狂う波のなか、あるいは悠然と飛翔し、あるいは佇むさまが、奔放な筆墨で描き出されている。自然に対して超越して生きぬく孤高で勇壮な龍というイメージであり、かつて清朝の乾隆帝も旧蔵したと伝える龍図の名品である。
 岡倉天心は、明治35年(1902)来日したアメリカの外科医ウィリアム・スタージス・ビゲローと出会い、その縁で明治37年(1904)、ボストン美術館の中国・日本美術部に顧問として迎えられた。やがて岡倉天心の発案で「中国日本特別基金」がエドワード・ジャクソン・ホームズ家の寄付を得て設立され、中国の美術作品が積極的に収集された。
 

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