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堤 未果「ルボ 貧困大国アメリカ」

  筆者はアメリカ・ニューヨークで米国野村證券に勤務中、2001911日の同時多発テロに現場近くで遭遇し、その後アメリカが急速にナショナリズムに侵されイラク戦争に突入していったことを間近に経験して、ジャーナリストに転身した、という。

  アメリカが、ブッシュ大統領の共和党政権になり、社会福祉が削減され、さまざまな分野で民営化が導入されて、自己責任の名のもとに、多数の不法移民を含む貧しい人々が苦境に陥れられるようになり、大企業がますます利益をあげる一方で、貧困に陥った人々が這い上がるチャンスを奪われ、さらに民営化・営利化されつつある軍隊へ押しやられている、という。産軍共同体の存在、大企業の利益追求、医療や教育の民営化、福祉の削減、「新自由主義」がすべての悪の原因である、とする。

  現実の社会にさまざまな問題があり、困っている人々が存在することは事実であり、それを丁寧にひろいあげてジャーナリズムとして取り上げ、報道し伝えることは重要な仕事である。こうして、アメリカに多数の貧困層が存在する事実は、広く知らしめることに大きな意義がある、という点については私も認める。しかし、この著者の視点が余りに一方的で、評価基準があまりに狭いことは、私としては同時に問題にせざるを得ない。

  現実に存在する「不正」は暴き、指摘し、その除去・改善を要請すべきである。ただ、この著者の「不正」、「不公正」の判定基準が、私には受け入れがたい範囲が大きい。たとえば、軍隊へのリクルートに対して、その説明内容や契約に違反する実態があれば、明らかに契約違反という「不正」があることになる。しかし結果が契約と異ならないケースであっても、この著者は、当事者が負傷や精神的ストレスで不幸になったときには、「不正」、「不公正」さらには「戦争そのものが不正」とする。これは冷静に見て、一方的・独断的な側面があると言わざるを得ない。

  著者は言う。「民主主義には二種類ある。経済重視型の民主主義は大量生産大量廃棄を行うことによって、日常生活の便利さをもたらした。能力主義で目に見える利益に価値を置くこのやり方を使うなら、戦争はもっとも効率のよいビッグビジネスになるだろう。しかしもうひとつ、それとは別の、いのちをものさしにした民主主義というものがある。ゴールは環境や人権、人間らしい暮らしに光を当て、一人ひとりが健やかに幸せに生きられる社会を作り出すこと。前者では国民はなるべくものを考えない方が都合がよく、その存在は指導者たちにとっての『消費者・捨て駒』になるが、後者では国民は個人の顔や生きてきた歴史、尊厳をもった『いのち』として扱われることになる」と。この主張によれば、利益を追求することはそもそも悪であり、それは人間にものを考えさせないことにつながり、戦争こそが経済活動のターゲットであるかのような言い方である。私は、たとえ経済至上主義の立場の人々でも、平和こそが経済発展の基本で、対して戦争は破壊であり最大のビジネスチャンスなどとは決して考えないであろう、と思う。その一方、「人間らしい」「健やかに幸せに生きられる社会」などというきわめて抽象的で前者との対応関係が不明な漠然としたイメージだけで、なんら具体性のない「著者が想定する理想」がアイマイに語られている。

  この著者は、いわゆる「新自由主義」を諸悪の根源とし、福祉の増進、民営化の抑止、つまり官営化の促進が「良いこと」とする。この考え方を押し進めると、すでに20世紀最大の悪夢として世界的に莫大な犠牲を払ってその失敗を実験的に証明した共産主義・社会主義とほとんど変わるところがない。たとえばこの著者のような人たちが多数派を占めるようになり、その理想を目指す政権ができると仮定すると、きっと政府はその理想を実現するために、過去の残滓を除き理想を実現する新体制を構築するためとして「当面の手段」として全国民に厳しい統制を加えるだろう。こうして「前衛」が独裁を行い、「理想の実現」は永遠に先のばしになるだろう。それが歴史の教訓である。

  また、この著者が激しく批判するわが国の小泉政権時の現実は、国民総生産の40%近くが「公費」であり、「自由主義的市場」に直接参加することができない費用となっていた。こんなに「公費」が大きい「自由主義」、あるいは「市場原理主義」があるだろうか。

  この著者のような「誤り」や「偏見」に陥る最大の要因が、「自己責任の否定」である。フードスタンプで食物が支給されても、受給者がアンバランスな栄養で肥満になるのは、政府の行政がわるい、肥満で病気になるのも政治の責任、栄養バランスについての教育が貧困者に十分でないのも政府がわるい、と政府の責任には際限がない一方で、貧困者自身の問題が問われることは決してない。私は、実現可能な政治というものは、その改善への努力に際限がなく、常によりよい政策を厳しく追求する責務があると考える一方で、国民がその境遇に関するすべての責任を政治に転嫁することは大きな間違いである、と考える。もし、国民のあらゆる状況に対して政府が全責任をとる、と仮定すると、その政府はその責任の遂行のために、恐るべき広範囲の拘束を国民に強制せざるを得ないはずである。それは、まちがいなく恐怖の全体主義を招来する。そんなことは、少し冷静に考えれば誰にもわかることである。

  そして、アメリカにこうして貧困者が多い事実の背景として、アメリカが世界中から貧困者を寛容に受け入れている、という事実がある。「入ってきたい者は拒まない、チャンスは自分で掴め、そのかわり他人さまには頼るな」というのがアメリカのカルチャーなのである。その意識が広範囲に定着したために、オバマ大統領が苦心して議会を通過させた国民健康保険制度が、いまだに多くの人々から十分に賛同を得られず、中間選挙に敗北することにもなる。日本人からみれば、いまごろなんで、と思うのだが、そういうアメリカのカルチャーなのである。それは良い面もわるい面も、当然ある。アメリカに移民する人々は、それを納得して入ったのである。実際、このルポのなかに登場する多くの貧しい移民たちは、アメリカで貧困に苦しむと言いつつ、決して祖国に帰ろうとはしていない。自分の「自由意志」でアメリカに入り込み、滞在しているのである。そういう側面をもフェアに考慮しないと、問題存在の事実は指摘できても、説得性のある議論にはならないだろう。

  繰り返しになるが、私はこうした「問題の指摘」そのものには一定の価値を認めたい。しかし少なくともこの本の場合は、著者の視点と評価があまりに一方的で偏っていると思う。

(2010.11.29)

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