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天皇制は我々のこころが支える優れた政治安定化装置

天皇制という国家的財産

 

 女性天皇、女系天皇の是非をめぐる皇室典範改正問題が話題となっている。この問題は、現代における天皇制の意味を改めて問い直すものである。さまざまな立場から、すでに種々の議論が交わされているが、そのほとんどは、わが国の伝統として、文化としての天皇制を論じるものであり、直截的に政治上の機能について述べたものは少ないと思う。ここでは、わが国にとっての、「天皇制の政治的効用」を直截的に考えてみたい。

 

 わが国で天皇制が実際に確立したのは、6世紀乃至7世紀ころだとされる。それ以後、現在まで天皇制は綿々と継続してきたが、この間、実際に親政が行われたことはごく希であった。わが国のほとんどの歴史において、天皇は観念的、精神的、超越的な権威であり、実際に執権を行う権力者が別に併存した。そして実権者は、常に天皇の権威を有効に活用してきた。権力を獲得し、掌握し、執行するための、エネルギー最小化を図ったのである。古代の藤原氏、中世以降の平清盛、源頼朝、足利尊氏、豊臣秀吉、徳川家康などにはじまるすべての政権は、天皇あるいは上皇の権威を、巧みを活用した。賞味期限が切れた実権の交代のときも、天皇の権威を利用することで、その間発生する新旧権力者間の軋轢、抗争は最小化され、巻き添えを食う一般民衆の流血も、結果として抑制されたのである。

 

 明治維新は、実質的には薩長を軸にしたクーデターを本質とするが、「玉」として天皇の権威を最大限活用することで、抗争を最小化し、戦争の終結を早め、権力者も一般民衆も、流血を最小化することができた。

 

 しかし、さきの大戦では、天皇の名において戦争が遂行され、悲惨な敗戦を迎えた。このことから、戦後は、一部のメディアや進歩的知識人といわれる人々が天皇制反対を説き、天皇制廃止を求める教師による学校教育さえ行われることがあった。われわれの世代にとって、天皇と政治との関係と言えば、さきの大戦での天皇の戦争責任の議論が、真っ先に想起される。

 

 ただ、この戦争に関しても、敗戦後の武装解除、敗戦直後のわが国一般民衆の精神的混乱を最小化するうえで、天皇の存在は大きかった。それをもっともよく理解していた占領軍総司令官ダグラス・マッカーサーの判断により、天皇制は史上最大の廃絶の危機を切り抜けたのである。

 

 さきの大戦への天皇の関与をめぐって天皇制の是非を論ずるだけではなく、わが国の長い歴史を通じての、天皇制の実践的な政治的効用を正当に評価し、正しく認識することが重要だと思う。

 

 わが国では、現在に至るまで、ひろく国民全体にわたって、天皇制を尊重する心理が普及し、その結果として、天皇制が有効に機能してきた、という実績がある。わが国にとって、またとない政治安定化装置として、天皇制はきわめて有効であり、貴重な国家的財産である。

 

 

 

天皇制の存続のために

 

 天皇制が有効な政治的装置である、ということは歴史的事実であるが、この装置が機能するためには、国民の天皇制尊重の精神、天皇への崇敬のこころが必須条件である。単に「政治的装置」として、他の政治的手段と同列に並べて、純粋に客観的に論じ始めたその瞬間に、天皇制の政治安定化装置としての機能は喪失する。天皇制は、国民が天皇制を心から尊重し、天皇を崇敬してこそ、すなわち、天皇と国民とがその価値を認識して両者で協調してこそ、はじめて機能し、意味をなすのである。

 

 女系天皇許容に反対する意見の根拠は、天皇制開始以来、皇室では男系血統が維持されており、その伝統の存在こそが、国民の天皇崇敬の重要な要因をなす、とするものである。女性天皇はかつて存在したが、女系天皇は存在しなかった歴史事実から、この論は理由のあるものと言える。一方、天皇家に長らく男子が誕生していない現実があり、男系のみにこだわると天皇家が途絶えてしまうという強い危機感があり、その現実的対策として、女系をも認めようという意見にも、一理がある。とくに、大正天皇以来、皇室においても側室制を採用しておらず、男子確保はかつてよりも、実際にはるかにむずかしくなっている。

 

 私も、やはり歴史的事実から、男系維持が望ましいとは思う。おそらく、今回の皇室典範改正に賛成する人々のかなりの部分も、できれば男系維持を強く望むというのが本音であろう。この結果、もし皇室典範を改正して、女系天皇を認めるということになっても、実際には、できるだけ男系を維持する努力が、皇室に対して求められることになる可能性が大きい。たとえば、女帝が誕生したとしても、天皇家男系の血統から配偶者を選ぶべきだ、という圧力がかかる可能性が高くなることが懸念される。

 

 天皇制は、国民にとって特殊な政治的装置であり、天皇家、皇室、皇族は、通常の国民とは立場が基本的に異なる。したがって、安易に「日本国憲法が男女同権・平等なのだから、天皇も当然男女平等にすべき」という議論は、意味がない。一方、国民の天皇を尊重するこころこそが原点であり、天皇と国民との意識の協調こそが天皇制に意味をもたらすということを考えると、今から側室制を再導入して男子血統を得ることが、多くの国民の共感を得ることができるか疑問もある。

 

 このたび、国民的な慶事として、秋篠宮妃殿下様のご懐妊が報じられた。今秋ご誕生になる御子さまの男女に関わらず、皇室典範改正問題は、時間的猶予を与えられたのではないだろうか。国民としては、伝統の問題、文化の問題のみならず、これまで天皇制が、わが国の長い歴史において、政治の、社会の安定化に大きな貢献をしてきたことを、ただしく認識し、さらに、天皇制のこの優れた機能が、我々のこころによって成立することを踏まえて、じっくりこの問題を考えたい。(2006.2.8)

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