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大江健三郎ノーベル賞受賞記念講演 

 朝日新聞の12月8 日付け朝刊に「あいまいな日本の私」というタイトルの大江健三郎ノーベル賞受賞記念講演原稿の全文が掲載されていた。新聞によれば、この講演はスウェーデンの市民に大きな感動を与える優れた講演であったという。講演は英語で行われたが、この新聞記事は日本語の原文である。
 この講演のタイトルは、26年前に同じ場所で川端康成が行った講演のタイトル「美しい日本の私」を前提にし、それとは鮮明に違う立場を主張しようとして敢えて選定されたものである。川端の立場を、外国人に対して正しい理解の可能性を閉ざす日本独自のあいまいな世界へ逃避するものであるとし、そのあいまいさが、日本を戦争の悲劇に誘い、さらにアジア諸国へ甚大な被害をもたらしたのであるとする。そして、大江氏自身はむしろこの曖昧な立場を正当化しようとする日本人の先輩よりも、文学、人文主義の普遍性を説く西欧の先輩文学者の方が近しい気がするという。日本がかつては、軍国主義で世界に侵略を企て、アジア諸国を侵し、そして戦後は技術力と経済力で再度世界に侵略を企てつつあるという。さらに、一旦決意したはずの日本国憲法の戦争放棄の精神が、今や危うくなるという危険な曖昧さを含んでいるという。
 大江は、日本では技術や経済が大きく発展するなかで、ヨーロッパに始まり世界的に普遍的な価値がある人文主義、ユマニストの伝統の育成が、ごく一部の先達を除いて遅れており、この育成と、なにより不戦の決意が重要であると説く。また、望ましい日本人のイメージとして、上品な、ディーセントな日本人という概念を提唱する。そして最後に、自分は荒廃してゆく日本の精神文化の中で、その痛みに鈍感にならず、文学を通じての「癒し」をライフワークとして追求してゆくとの決意表明をしている。
 私も、彼のいうごとく、人文主義的な価値観の普及と発展は、わが国にとって非常に大切であると考える。いかに経済的に豊かになっても、技術的に多くのことが不可能から可能に転換されても、一度きりの人生を満たすものは、それだけでは決して与えられることはない。人間の思考にもとづく、人文科学、あるいは文学は、生身の人間にとって、絶対的に必要なものであるという確信がある。この基本的な教養をベースにした、上品さ、ディーセントさ、というものは、たしかに日本人すべてがこれから身につけてゆくべき重要な要素であるということは全く賛成である。
 ただし一方で、日本が歩んできたこれまでの歴史を公平に考えるとき、私は大江氏のいうように、曖昧さと偏狭さだけで片づけるのは片手落ちであると思う。戦前も、敗戦後の復興期も、西欧や米ソを相手に、いろいろな紆余曲折があり、悩み迷いつつの政治ではあったが、ともかくも戦後の奇蹟的復興を果たし、多くの人々の生活をまずまず豊かなものとし、自由を確保しているというのは、結局のところ日本の政治もかなりの成功であったといわざるを得ない。かつて大江氏が支持した社会主義国家がことごとく自由も経済的成功もなく、実態は抑圧と貧困であったことは十分考慮されるべき事実である。
 こうして、政府に痛烈に批判的な知識人が、ノーベル賞を得られるくらいに十分活躍でき、文化勲章も与えられるまでに認められるというオープンな社会を維持していることは、正しく評価されるべきことである。
 また大江氏は、核兵器の絶対的絶滅、戦争の完全放棄を主張するが、これは冷静な歴史的考察からは、残念ながら導くことができない。我々普通の人間は、自由主義・社会主義などの相違を越えて、アイデアルなものが現実には存在しないことを身を持って知っている。サッチャーの言う「自由がなく、抑圧だけの平和には、何の意味もない」というのが現実なのである。大江氏の不戦、核兵器絶滅の主張には、普通の常識を持つ市民として全面的に賛成するわけにはゆかないのである。
 重ねて言うが、このような反政府的な大江氏が日本に存在を認められ、かつ日本にとっても有益な批判をして知識人を刺激し、わが国の文化の質的向上に貢献するという事実は、わが国の誇りとしてよいであろう。皮肉でなく、私は心から大江氏のノーベル賞受賞を祝いかつ喜ぶものである。(1994.12.10)

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コメント

私は大江氏とは同世代で、専攻分野は全く違いますが、学生時代にほぼ同じ環境に、それも極めて空間的に近いところに身を置いていました。
今になってなのですが、初めて彼の、受賞講演の記録内容を読む動機が出てきて、当サイトに行き当たりました。
当を得た要録で、内容の概要をつかみ、有難く思います。
ただし、私はある面では彼のこの認識には賛同しません。このサイトの著者のご意見からではなく、「曖昧さ」に別の、恐らくは全く違う観点からの重要な意味がこもっていると思うからです。
今後もよろしく。

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