2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト
無料ブログはココログ

« 大江健三郎ノーベル賞受賞記念講演  | トップページ | 従弟の死 »

ノーベル賞日本人4人受賞の慶事に関して 

  先週のメディアは、米国のサブプライムローンに端を発した金融不安の世界的拡がりという暗いニュースとともに、ノーベル物理学賞に南部陽一郎、益川敏英、小林誠の3博士、さらに化学賞に下村脩(おさむ)博士と、日本人が一挙に4人も受賞が決まるというビッグニュースで席捲された。たしかに大変な慶事であり、私も心から祝福したい。しかしメディアには「これで2050年までにノーベル賞増産する計画に向けて大きな弾み」、「一層基礎研究分野に資金投入しさえすれば」、「これで若者の理科離れに歯止めが期待」などと、楽観的あるいはピント外れの論調が見られる。以下に私見を記しておく。
  このたびノーベル賞を受賞する4人の科学者の業績は、実に半世紀以前の仕事である。当時わが国はまだ貧しく、このような分野の研究に十分な資金が投入される状況にはなかった。そういう苦労の多い恵まれない環境下で、大変な熱意と意志と信念で研究を続けられたこれら科学者たちの業績が、やっと今頃になって認められた、ということなのである。当時は、わが国は貧しかった、金がなかった。けれどもその一方で、科学技術に対する強い期待、希望、そして夢があった。科学技術は未来を切り開いてくれる大きな夢の活動舞台として、われわれ一般国民が尊重と深い尊敬の意識を持っていたと思う。
  今回の受賞者にも、4人のうち2人もの海外頭脳流出がある。これらの科学者達は、何故に日本を出ていったのだろうか。もちろん研究資金が当時の日本よりも、アメリカの方がはるかに潤沢であった、ということも大きな要因だと思う。しかし私は、それ以上に、周囲の人々が、そして日本国民が、彼らの仕事をどの程度まで認知し尊敬していたか、その格差がもうひとつの大きな要因だろうと推測する。ノーベル賞を獲得してはじめてその科学者の値打ちがわかる、というのではなく、立派な仕事をしている科学者に対しては、ノーベル賞を取るずっと前からに陽があたる、注目が集まるような、そんな環境をこれから時間をかけてでも造っていくことが大切である。多くの場合、科学者の仕事は、その狭い専門家の間ではかなり早期から値打ちが認められている。そうであれば、メディアもひとつの重要な使命として、そういう有望な働きに常に注意して情報を集め、できるだけタイムリーに、報道手段を通じて一般国民に知らしめる継続的な努力が求められる。
  また今回のノーベル賞受賞を契機に「さらに一層基礎研究を重視すべき」、[応用研究・経済価値を追求する研究から分離して支援すべき」との論調もある。私は、この意見には与しない。科学技術の大きなブレークスルーは、必ずしも「応用研究を排して」、「純粋に知的興味のみを追求して」、「応用や経済的価値を無視して、純粋に基礎研究を追求して」なされたものばかりではない。むしろマクロに見れば多くの場合、経済的要請、実用的価値を少なくとも遠くに意識して取り組んだ仕事から生じているのである。たとえば18~19世紀の西欧で、経済発展や軍事技術の向上を意識した環境下で近代科学が急速に発達したのに対して、強い制限貿易下で積極的な経済利用や軍事利用を意図せず、ただ知的興味のみで発達したわが国の科学が、関孝和の和算の域を出ることができなかった事実がある。偉大な発明発見に必要なのは、単純な基礎研究重視という狭いものではなく、科学技術の価値を認め、その追求の知的営為を励まし続ける環境である。
  最後に、もうひとつ私が重要だと思うことがある。スポーツにおけるオリンピックへの偏重と同様に、科学技術分野におけるノーベル賞への過大に偏った重視という傾向には、強い懸念を感じる。ノーベル賞はすでに世界的に認知された権威ある賞であるが、それでも人間が運営して選定するものであるかぎり、たとえばオリンピック委員会が陥っているような不公正や腐敗の危険性は常に残る。わが国の科学者に対する評価基準、評価方法にも、もっと自立性と多様性を取り入れる必要がある。
多少の研究資金増加などの政策的措置を取ったとしても、わが国の文化が、ノーベル賞が決まったときだけ騒いで声高に議論して、ほとぼりが冷めると科学技術について忘れてしまうような状態であるならば、これから当分わが国はノーベル賞にも縁がない可能性が高いと思う。そして日本の国民が独自基準で優れた科学者をただしく認め、その対象者がノーベル賞を受賞することで、ノーベル賞そのものの権威や信用が上昇する、そういう意識と見識を持つことが理想なのである。(2008.10.13)

人気ブログランキングへ

« 大江健三郎ノーベル賞受賞記念講演  | トップページ | 従弟の死 »

時事アーカイヴ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ノーベル賞日本人4人受賞の慶事に関して :

« 大江健三郎ノーベル賞受賞記念講演  | トップページ | 従弟の死 »