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清廉潔白の思想

  ここしばらくマスコミでは、新潟県で発生した少女拉致監禁事件での新潟県警察本部の不始末問題でもちきりである。たしかに「官僚制度の腐敗」と言われてもいたしかたないような事実が次々に明るみに出つつある。また一方米国では、少し前になるが、米国初の女性司法長官ジャネット・リノ氏が、マイクロソフト社に対して、反トラスト法裁判で勝利宣言をしたというニュースがあった。このリノ氏は、元検事で、マイアミ郊外に質素な木造住宅に、冷房、テレビ、扇風機、そしてドライヤーさえないという慎ましい生活をしていた、清廉潔白を絵に描いたような人物であるという。ついついわが国の腐敗しきったエリート官僚共に比べて、なんと立派なアメリカ人か、と思ってしまう。しかし、私もこうして51歳という歳月を経た結果、単純に清廉潔白だけを愛でる気持ちではないのである。
  清廉潔白であるということは、おそらく2つのことを意味する。ひとつは、誰にでもあるであろう余計な欲望に対して、克己心が十分強いということである。そのためには、強靱な忍耐力が必要であり、その忍耐力を身につけるためには、十分な修養が必要だろう。ふたつめには、自分を清廉潔白な状態に保つに足るしっかりした倫理基準、価値基準を持っているということである。
  忍耐力が強く、克己心が強いということは、なんら留保なく尊敬に値する。しっかりした倫理基準・価値基準を持つということは、その人が何らかの思想の核を保持しているということを意味する。これは非常に重要なことであるが、また同時に多少の注意が必要である。
  人の倫理基準・価値基準というのは、多くの場合、宗教的な背景をともなうか、あるいは共同体的な背景をともなう。米国や西欧のエリートの場合は、多くの場合、キリスト教をバックグラウンドにした倫理基準を持っているのであろう。わが国のように、宗教的感情が希薄なところでは、伝統的あるいは共同体的な価値基準がバックグラウンドになることが多いと思う。私は必ずしも伝統的または共同体的価値基準に準拠することが、宗教的な倫理基準にしたがう場合よりも、曖昧で悪い場合が多いとは思わない。ただ、注意すべきは、その価値基準にしたがった結果である。
  このような価値基準・倫理基準というものは、いわば台風の目のようなもので、そこでは「思考が停止する」ところである。いろいろ考えてその基準に到達するのではなく、その基準から思考がはじまるのである。こういう思想の核を明確に持つことは必要なことである。たとえ頭脳明晰な人物であっても、思想の核がない場合には、他の人々に訴える迫力ある考えを示し得ない。台風のエネルギーを蓄えるために、無風状態の「台風の眼」が必要なように、思考にも「核」は必要である。しかし場合によっては、この「核」に従うことが、いわゆる「原理主義」的思想および行動をもたらすことがある。清廉潔白に行動するのは良いが、小さな不正に対する攻撃が過ぎるあまりに、大きなメリット、良い部分を無視してしまう、という間違いをもたらす場合がある。また基準がしっかりしている人は、果断な行動を実行できるがゆえに、ときとして大きく間違う場合もある。リノ司法長官も、ある新興宗教団体の暴動の鎮圧に際して、強行手段を実行したために、大量の死者を出したという話しもあると聞く。
  吉田松陰は、幕末の偉大な教育者であるが、その影響力の大きな割りには、学者としてはとくに創造性は認められないという。ただ、その高潔な人格が多くの人々に深い影響を与え、強力なアジテーターとして機能したのである。マハトマ・ガンジーは、「糸車」と「非暴力・不服従」という独特の価値基準を打ち立て、インドの独立を指導した。ガンジーの場合は、この価値基準は、彼自身の深い考察の結果としての、計算し尽くされた理知的産物であったろうと推測する。
  私の同年代に多かった左翼系の学生運動家たちも、多くは私欲の少ない清廉潔白な人たちであった。昭和前半の「革新派」と呼ばれた右翼の人々も、清廉潔白な人々が多かったという。しかし歴史的評価としては、いずれも間違っていたと言わざるをえない。
  いかに頭の回転が鋭くても、思考の停止する場所、台風の目、すなわち思考の核を持たない人格は、影響力がない。思考の核を保ちつつ、正しい判断をして、正しい行動をするためには、思想を深める必要がある。人は、まずしっかりした思想の核を見いだし、大切にして、その上で教養を積み重ねることで、その周りに渦巻く思想のエネルギーを高めることができる。私もこの努力は、死ぬその日まで、続けなければならない。(2000.3.5)

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