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フェルメールからのラブレター展 京都市美術館

  17世紀オランダの画家ヨハネス・フェルメールの作品を含むオランダ室内画の展覧会が京都市美術館で開催された。世界的に高名なのにきわめて寡作で知られるヨハネス・フェルメールだが、今回の展覧会はフェルメールと同世代のオランダ画家たちの作品をピックアップして、あわせて「希少な」フェルメールの作品3点を展示する、という少し異色の展覧会であった。
  フェルメールが活躍した時代は、日本の江戸時代前期に相当する。当時は、日本にとっても西欧貿易はオランダのみが対象国となっていて、オランダがようやくスペインから独立を果たし、経済的に隆盛期を迎えていた。絵画では世界的な画家としてレンブラントを輩出し、貴族や豪商のスポンサーも多く、世俗画が隆盛期を迎えた。
  今回の展覧会では、フェルメール以外に10名余り計40点ほどの17世紀オランダ世俗画が展示されている。いずれも、油彩の特徴を生かした精緻な描写を特徴とする作品である。
  当時売れっ子の肖像画家であったヤン・デ・ブライの「アブラハム・カストレインとその妻マルハレータ・ファン・バンケン」(1663年)は、肖像画としては少しユニークで、当時成功した出版業者であったアブラハム・カストレインを、妻と一緒に動きのある構図で生き生きと描いている。好奇心旺盛で行動的なアブラハムを、その鋭く活気に満ちた眼で表している。
  ヤン・リーフェンスの「机に向かう簿記係」(1629年)は、実直で能力あるベテランの簿記係の男を、精緻な髭と髪の描写で写実的に表現している。油彩の高い表現能力を最大限に生かした絵である。ヘリット・ダウ「執筆を妨げられた学者」(1635年)は、執筆に没頭していた学者が、ふと他人の存在に気づき、集中を妨げられたその瞬間を見事にとらえている。主人公の学者の表情、とくに、ささやかな驚き、怪訝さ、そして集中を阻害された不満を表すその眼差しが印象深い。フェルディナント・ボル「本を持つ男」(1644年)は、手に本を持ちつつも、その本から視線は離れ、深い瞑想に耽る学者の表情を写実的に表現している。この男の、焦点が頭脳の深奥に注がれたような眼がとてもよい。ヨーブ・アドリアーンスゾーン・ベルクヘイデ「公証人と依頼人」(1672年)は、公証人が羽織る、日本の着物に似せたという、当時オランダで流行した独特の着衣が印象的である。
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  そして、最後の一室がフェルメールの3つの作品に宛てられている。  その最初の作品が「手紙を書く女」(1665年)である。全体に暗い背景のなかに、黄色の着衣の手紙を書く女の姿が浮かび上がる。女の手元から顔、そして肩のあたりまで光が差して、ふと振り向いて手を止めた女に、観る者の視線が自然に集中する。周到な遠近図法を導入し、周囲を省略して焦点を明確にする、きわめて戦略的で巧みな構図である。
  つぎに「手紙を読む青衣の女」(1663年ころ)がある。窓辺に向かっているのか、手紙を読む女の手元には光が差し込み、女の顔、胸元、腹のあたりには明るい日差しが感じられる。女は妊娠しているらしい。背景の世界地図は、手紙の主の男、おそらくは夫が、海外にいることを暗示している。当時、オランダは国際交易を主な生業とする通商国家であり、男たちの多くは船に乗って世界各国に出かけていた。単身で出かける男たちとその家族を結ぶ、手紙という通信手段は、きわめて大切なメディアであった。しかし、手紙を出してその返事を受け取るには、2年近くの長い時間を要したという。待ちわびた手紙を真剣に読みふける女の姿が、その心理描写とともに、静かに丁寧に描かれている。
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  最後は「手紙を書く女と召使」(1670年ころ)である。若い女が没頭してペンを走らせ、手紙を書いている。その傍らには、手紙が書きあがるのを待って窓の外を眺めている召使が描かれている。この絵でとくに目を引くのは、窓、カーテン、壁の光の微妙な表現の変化である。光の微妙なニュアンスが非常に精緻に表現されている。画面のどの部分として、同じ光の描写がない。窓のステンドグラスの面のなかにも、光の微妙な変化があり、カーテンのそれぞれの部分で光の様子が異なる。背景の壁の明るさも、微妙なグラデーションがある。そして、手紙を書く主人公の女は、もっとも明るく照らしだされている。フェルメールが、光の魔術師、光の画家と呼ばれる由縁であろう。
  同時代の多数のオランダの画家たちの作品を見てきて、最後にフェルメールを眺めると、たしかにフェルメールがひとつ抜きんでていることを感じる。私は「寡作の天才」ということ自体にはさほど興味がないが、フェルメールの光の表現への熱意は確かに感じることができた。
  当初は、フェルメールという画家に、さほどの興味も期待もなかったけれど、こうして実物を目の当たりにして、たしかに一見の価値があり、鑑賞に出かけてよかった、と素直に思った。

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