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コトバと記憶と思い出

  父がその死の少し前に書き残したわずかな文章に刺激を受けて、企業で働いていたとき、わずかな自由時間をみつけて文章を記していた。史跡を散策したり、季節に応じて桜花や紅葉を見物したり、海や山でくつろいだり、ちょっとした旅行、美術鑑賞、など、その場そのとき思ったこと、気がついたことなどを、できるだけ簡単な文章にして書き留めてきた。その多くはブログで公表してきた。ささやかな活動だが、ブログは週に5回くらいの更新ペースで、固定層の読者もある程度存在した。
  昨年の年初から民間企業を離職し、勤務の拘束を解かれてフリーとなった。勤務しているときには、フリーになったら自由時間が膨大にあるだろう、と推測していた。ところが離職後、大学の聴講生として自分にとってまったく新分野である日本近世史を学び、その一方でもとの専門領域に近いところで非常勤講師をするような活動をしてみると、いずれも自分の意志で時間をコントロールできることなので、決して忙しいという感覚ではないものの、時間はいくらあっても足りないことが判明した。結果として、忙しいと思っていた現役時にむしろまめに書き記していた文章を、以前ほどにも書くことがなくなった。
  しかし、そういう状態が2年近く続くと、散策したり、旅行したり、展覧会を観たり、という活動に関して、自分のなかの印象がきわめて希薄になってしまい、記憶に残らなくなっていることに気づいた。誰にとっても同様だろうと勝手に推測するが、少なくとも私自身にとって、ささやかでも稚拙でも、ともかくコトバに表す、文章にする、という作業が、自分の経験を定着させるうえできわめて大きな意味がありそうだ、という発見である。
  私自身の経験では、たとえばつぎのようなことがある。小学生のころ、私には憧れの女の子がひとりいた。とてもきれいで魅力的な女の子だった、と思う。ただ、その子の容貌を、思い出すことがほとんどできないのである。私は、幼児期にある病気をして顔面にキズがあり、とくに子ども時代にはそれが大きなコンプレックスとなった。私が憧れたその女の子にも、顔に赤黒いアザがあった。他にもかわいい女の子は何人かいたので、なぜ私がとくにその子に惹かれたのかに関しては、もしかすると私の顔のキズのコンプレックスが関係しているのかも知れない。そういう次第もあって、その子の顔のアザの色や形だけはかすかに覚えている。その女の子の顔を無理に思い出して再構成しようとすると、大変失礼なことに、のっぺらぼうな顔にアザだけが鮮明にある、というまるでお化けのような容貌になってしまう。
  高校時代には、片恋の女性がいた。まったくの一方通行だったが、やっとのことで少しの時間、お互いの来し方行く末などについて少し話し合う機会があった。そのときの彼女の、少し上の方に視線を投げた涼やかな横顔の表情と頬から顎のライン、ポソッと思いがけない鋭いコメントを発したときのその口元、少しかしげた顔の睫毛の奥の瞳の色、などまるで昨日のことのように鮮明に思い出すことができる。
  ともに私個人にとっては大事な思い出であるけれども、どうしてこれだけの大きな差ができるのか、かつては専ら自分の成熟の度合いの違いだろう、と考えていた。小学校のときは、あまりに幼すぎたのだろう、思いが淡すぎたのだろう、と思っていた。しかし今では、これは「言語能力の差」だったのだろうと思っている。高校生ころになって、ようやく私もコトバで表現し、記憶を構成することができるようになったのだろう、と思う。
  散策して史跡や景色を見たあと、ほんの少しでも言葉にして記しておくと、あとでそれを読みかえしたとき、驚くほどそのときの情景や心の動きを、鮮明かつ生き生きと思い出すことができる。絵を見たとき、映画や劇を見たときも同様である。
  しばらく、読みたい書籍ややりたいことが多すぎるように思って、文章を記すことを怠っていたけれど、短い人生にせっかく経験するさまざまなことを、できるだけコトバとして残すという作業を、できるだけ実行していきたい、と改めて思い直している。

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