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ホックニーのオペラ展 

  5月3日ひとりで神戸にふらりと出かけた。今年は少し天候が不順で寒く、昨日のひどい雨はようやくあがったものの好天とはいえない。王子動物公園で降りて兵庫県立近代美術館へ行くこととした。風は少し冷たいが、青葉は確実に春が満ちていることを告げ、久しぶりに歩く神戸の町並みはやはり良いものである。動物園はゴールデンウィークの中日ようやくの雨あがりを待ちかねた子供づれで大変賑わっている。しかしこれに対して、幸いに美術館は随分すいていた。
  行ってみると英国の現代芸術家であるホックニーの舞台美術展が開催されていた。ホックニーは英国の王立芸術院を首席で卒業した優れた才能をもった画家・彫刻家・そして舞台芸術家である。とくに最近はストラヴィンスキーなどのオペラの舞台美術を担当して有名になっているらしい。いつもと少し違う趣向の美術展を楽しむこととなった。
  会場に入るとまず「放蕩者のなりゆき」という英国の風俗画家ホーガースの戯画にもとづくストラヴィンスキーのオペラの舞台美術が展示してある。富裕な家庭に育った若者トムが遺産相続して、詐欺師にかかり、放蕩したあげく破産するという、よくあるような話である。舞台は18世紀らしいが、舞台装飾は無彩色で、細い縞模様あるいは格子模様の基調で、どちらかといえば非常に近代的で瀟洒なデザインである。同時にとても冷淡で、人間の暖かみを突き放すような雰囲気をも出している。このオペラを上演しているところをビデオで紹介していたが、この超近代的な舞台装飾が、18世紀の舞台に何ら不自然さなく溶け込み生きている。この話のような人間の弱さ、狡さというものが、時代を越えた普遍性を持つということを舞台美術をとおして主張しているのであろう。決してオペラの全面にしゃしゃりでる感じはないのに、しっかり舞台美術としての存在感を残している。
  つぎはモーツアルトの「魔笛」である。王子タミーナが夜の女王パミーナと出会い、エキゾチックな宗教ザラストロの試練に耐えて結ばれるという通過儀礼的な物語である。さきほどの無彩色とはうってかわって、青と、黄土色などの黄色系の派手な色彩をふんだんに使い、独特のエキゾチシズムを表現している。同時に洗練されたヨーロッパ人らしいユーモアも随所に表現されている。全体の構図は意図的に単純化され、ここでも水平と垂直の細かい縞模様のような直線が基調に現れる。この細かい直線はこの作家のひとつの基本表現手段なのであろう。
  ひきつづいてはストラヴィンスキーの「ロシア民族主義的オペラ」と説明のある「ロシニョール」が展示されている。ロシニョールとは夜鶯( やけい) あるいは小夜鳴鳥と日本語で書かれる、いわゆるナイチンゲールのことであるらしい。封建時代の中国で、皇帝が病気になったのをロシニョールの鳴き声を聴いて快癒する。ところがまた病気になったとき、日本から送られてきた機械仕掛けの贋のロシニョールの鳴き声を聴いて病状が悪化し、死に神に囲まれて危機一髪のところを、本物のロシニョールが現れて助かるという話であるという。われわれ日本人としては笑うに笑えぬ面があるが、この舞台は全体にあっさりした単純な構図で、色彩も青を基調とし、あと薄めの黄色やピンクなどを使って、メルヘン的な雰囲気を表現している。機械仕掛けの鳥などの構図は風刺戯画そのもので、これに対する本物の鳥が女体のように妙に艶めかしいのがおもしろい。
  つづいてリヒャルト・ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」のコンピュータ制御による照明つきの舞台模型と、この話をモチーフとしたホックニーの油絵がある。コーンウォール王マルケの部下トリスタンはかってイゾルデの兄を殺したが後にイゾルデと愛し合うようになる。しかしマルケ王に嫁ぐことが決まったイゾルデを船で護送するという役目を指示され、王に背いてイゾルデと船中で愛し合う。これが王の知るところとなり悲惨な最後を迎えるという典型的悲劇である。4~5の少数の舞台場面ですべての状況を表現すべく簡潔ながらも密度の濃い構図となっている。コーンウォール城と船の間の深い溝で大きな心理的断絶と絶望感を表現し、曲がった船の舳先と荒波は先行きの見えない激しい悲恋を表している。大胆で美しい舞台装飾である。
 プッチーニのオペラ「トゥーランドット」が続く。中国の紫禁城に住むトゥーランドット姫は、異邦人にたいする軽蔑を実行するために、自分と結婚する条件として、婚約者候補に対して無理難題をふっかける。この紫禁城を訪れていたタタール王ティムールの王子カラフは侍女リューの助けを得ながらこの難題に挑戦し、最後に姫の愛を見事射止めるという話である。この舞台は中国のはずであるが、ほかの作品に比べてもなぜかヨーロッパ的であまりエキゾチズムが感じられない。紫禁城も中世の欧州の城を思わせる。
  いずれの作品も、多くの場合トルコ人や東洋人がエキゾチズムの対象として、珍奇な存在として出てくる。多くのヨーロッパ人にとってトルコや中国、日本がこのような変な、理解しがたい存在であったのであろう。
  ホックニーの舞台美術は、どれも思い切った単純化と象徴性とで、決して全面に出ないけれども舞台の重要な要素として存在を主張しえているように思われる。私はめったに劇を鑑賞する機会がなかったが、舞台を見るときの一つの視点のポイントを教えてもらったように思う。これから機会を見つけて、劇やオペラも楽しみたいと思った。

  この美術館の併設・常設展として、小磯良平と金山平三の作品展示があった。小磯良平は一般にも良く知られ、大いに世俗的成功を収めた神戸出身の画家である。ヨーロッパ近代絵画に深く傾倒し影響を受けていることが私にも良くわかる。しっかりしたデッサン力に支えられて安定感のある絵である。
  金山平三は小磯より20年程まえの、やはり神戸出身の洋画家である。彼の作品は全体に静謐で落ちついた良い感じのものが多いが、なかでも私には「父の像」という作品が印象に残った。横を向いた彼の父の肖像画であるが、眉から頬骨、さらに顎にいたる肌の張りと光沢が、この父の聡明さと年齢を越えた意志の強さを見事に表現している。この作品は画家が40歳余りのころのものである。ちょうど人生での経験をある程度積み、父の偉大さをより深く理解できる年齢となったときのものである。画家の父への深い尊敬の念が如何なく発揮されている。
  なんの気なしにふと立ち寄った美術館ではあったが、久しぶりに静かな充実した鑑賞の時間が楽しめた。(1993.5.4)

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