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麻生三郎展 神奈川県立近代美術館

 土曜日の休日で、ゆっくり寛ごうと思っていたが、晩秋とは思えない暖かい快晴についつい血が騒ぎ、ともかく鎌倉市内へと出かけた。鶴が岡八幡宮の檀鬘は茶色に落葉して、澄みきった青空を背景に晩秋を表している。その下を七五三で着飾った可愛い子供が親に手を連れられて歩いている。人の行き来は多いが、それでも秋はなんとなく落ちつきが感じられる。
 県立近代美術館で麻生三郎展をやっていたので、ふらりと立ち寄った。
 麻生は1913年東京生まれで、戦前の慌ただしいなかを半年ほど渡仏したが、戦況が悪くなって帰国し、松本峻二らと新しい絵画運動をはじめ、戦後は30年間ほどを武蔵野美術大学の教授をつとめた人である。最初はシュールレアリスムに影響を受けたような実験的な絵画も描いていたが、戦争体験と戦後の復興、そして工業文明の進展にともない、徐々に内面的で抽象的な表現に変わっていった。初期には習作的な具象画「女」「とり」などが何点かあるが、私の私見としては、絵画の基本技術としてはそんなに卓越した作家とは思えない。初期の段階では「人」という題名の一連の裸体画が印象が強い。女体を超自然的にデフォルメして描いたものであるが、かなり初期からこの作家は人間の造形に強い興味を持っていたらしい。
 戦中から戦後すぐにかけて、「ひとり」「裸」など、赤っぽい背景に裸体を暗いトーンで描いた一連の作品がある。人間の存在と、その置かれた状況の表現として、このような暗い印象の作品を多作したのであろう。代表作の一つとされる「赤い空」とそのとなりに展示されている「赤い空と人」は、ともに廃墟のような家屋の塊の前に、悄然と立ち尽くす人影が描かれている。背景にはうすぼんやりと太陽があり、全体に暗い赤色が基調となっている絶望的な絵である。このような原風景は、おそらく作家の空襲体験などがベースとなって、この作家の頭のなかにしみついたものなのではないだろうか。
 やはり戦中から戦後すぐにかけて「母と子」「子供」などの題名の一連の作品がある。この作家は、子供のあどけない眼差しや母と子の心の交流のなかに、根源的な生命や愛情への希求を見ていたように思う。
 戦後の絵としては、「東京湾」「月島」「隅田川」「お化け煙突」などの戦後の復興風景を多少の揶揄を含めて描いた作品、さらにそれと対照的に「国東」「おばあちゃん」などの地方の工業化されない自然の良い部分を描いたものなどがある。
 1970年代から、この作家は「ある群像」「生きている気配」「肘をついた人」など、暗く混迷した背景に埋没しそうな存在感のうすい人物像を沢山描いている。人間はすでにみにくく変形し、背後の不気味な世界に飲まれてしまっている。この作家にとって、高度成長にともなう工業化の進展は、人間の疎外感を目立させたのかも知れない。全体に悲しい印象の風景である。
 1970年代後半からは、人体の表現がさらに変形してくる。この作家の描く、あるいは彫塑で表す人体は、ギリシア美術以来の美しい肉体からほど遠く、みすぼらしくこそげ落ちた筋肉、醜くへばりついた脂肪、バランスの悪い四肢、そして生命感を失った皮膚、と人体の考えられる醜い表情を集めた表現となっている。人間のある側面は、このように醜悪で消極的であり得ることを表現したかったのであろうか。それとも、現代の高度経済成長はこのように人間を徹底的に疎外し、人間の良いところを奪い去ってしまったというのだろうか。
 1980年代後半からは、「歩く」「あるがまま」など、暗い背景に埋もれたような人影が力なく佇むような絵が多くなる。この複雑な背景のひとつの特徴は、動きがほとんどないことである。たとえば、ロベルト・マッタの抽象画の背景は、一見この麻生のようなトーンに見えるが、すぐわかることは、マッタの絵の背景は、ダイナミズムに満ちていることである。麻生の場合、それだけ背景の重みが大きく、人間存在を致命的に捉えてはなさないという閉塞的状況を表しているのかも知れない。
 ごく最近の作品では、「ハレテイル」「両側の人」など、背景と人間との区別がますますなくなり、渾然一体となる。いずれも凍りついたように動きのない絵である。
 これら一連の麻生の作品は、私にとって決して分かりやすいものではない。ただ、彼が絵画を通じて文学的な主張をしようとしていることはなんとなく分かるような気がする。彼のなかには、初期の作品に表れているような、なにか大きなエネルギーがあって、それが戦争や、とくに空襲の原体験と、本来から持っていた子供や母と子の間の原始的な愛情とがベースとなって、人間存在を追求していった結果、彼なりの抽象的な静かな表現にたどり着いたように私には思える。(1994.11.12)

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