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ロバート・フランク展 横浜美術館

 今週は久しぶりに週末の天候に恵まれ、真冬というのになんとなく落ちつかない日曜日となった。そこでとくに予定はなかったものの、横浜まで出掛けることにした。
 横浜美術館では、チューリヒ生まれの米国人写真家であるロバート・フランクの個展が開催されていた。1924年スイスのチューリヒに生まれ、青年時にスイスで写真の修行をしたのち第二次世界大戦終了後米国へ渡り、アレクセイ・ブロドヴィッチに見いだされ、ファッション雑誌専属の写真家として地位を確立する。しかし、商業主義的な活動に満たされず、グッゲンハイム奨励金を得て米国全土を2年にわたって巡り、2万枚もの大量の写真を撮る。そのなかから厳選した83枚を「アメリカ人」というタイトルで発表した。これが大きな反響と批判を呼び、一躍有名となる。そのあと、1970年代に日本人写真家によってカムバックを要請されるまでは、米国で各種の実験的・前衛的映画制作、ビデオ作品の制作など、写真芸術から一時離れる。1970年からは、娘の事故死と親友の死をきっかけとして、ドキュメンタリー的というよりも、むしろ内省的な作品を、コラージュや古い自分の作品の再利用などで前衛芸術的な制作へと傾斜してゆく。この間、1940年台終わりに知り合い、2 人の子供をもうけたメアリーと10年程の生活の後離婚し、画家ジューンと一緒にカナダの田舎ノヴァ・スコシアに家を建てて移り住む。以後、現在に至るまで常に実験的な作品を含めて、写真芸術の表現の限界に果敢に挑戦するかのような、精力的な創作活動を続けている。
 「世界的に高名な写真家」というふれこみのせいだけでなく、たしかにこの写真家の作品を眺めていると、単なる写真というに止まらないなにか迫力ある造形芸術であることを認めざるをえない気持ちになってくる。モノクロナールの抑えたトーンの画面が、内面から鋭く訴えてくる。彼は「私は自分の内面をみつめるために、外をみつめる」と言っている。実に的確な表現だと思う。
 写真というのは、造形をつくることそのものは光学機械に依存しているために、ポイントは画面の設計である。そのため、このような写真の芸術表現をまのあたりにすると、ふともしかして自分でもかなりの芸術が創作できるのではないかという気がしてくる。しかし、じっくりとすぐれた写真を眺めて、その光と影のコントラスト、画面の周到な構成、そして巧妙な時間軸の切り取り、など、そういった高度な技術をみつめると、やはりプロの才能を素直に感じ取ることができる。
 ロバート・フランクという写真家は、勿論すぐれた技術は完備しているのであろう。しかし、その人生において、戦争を体験し、離婚し、子供を事故でなくし、数々の悲しい経験をしてきた。対象の表面の裏にある、人々の不安や恐れ、悲しみを敏感に感じ取ることができた。第二次対戦のあとの米国の繁栄のなかに、はやくから荒廃や不条理の兆しを感じ取ることもできた。こうした繊細で傷つきやすい、鋭い感受性を持つ人であったからこそ、このような優れた、人の心を打つ作品が撮れたのであろう。
 モノを見る、本を読む、どのような活動にしても、対象から何を感じ、得ることができるかというのは、本質的には自分の内面にどこまで受容する素地があるか、ということに尽きるのであろう。ロバート・フランクの写真を見つめて、そのようなことを考えた。(1995.2.12)

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