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「描かれた歴史」展 神奈川県立近代美術館

 鎌倉の神奈川県立近代美術館で「描かれた歴史」(副題:近代日本美術にみる伝説と神話)の展覧会があった。幕末から明治後期にかけてのわが国の美術と歴史の関係に注目しながら、時代別におもに絵画、さらに彫刻・写真などの作品を展示している。
 幕末から明治初期を中心として、第1部「前賢故実とその波紋」というセッションがあり、菊池容斎の「前賢容斎」にはじまる、日本画家による、わが国の歴史あるいは伝説上の故実の絵画表現流行のはしりが示される。菊池容斎の「塩谷高貞妻浴後図」のような風俗画的な作品もあるが、多くは小堀丙音の絵に代表されるように、伝説的武将、日本神話の故事や人物、有名な合戦などを題材にしている。われわれがなにげなくイメージとして持っている日本神話の場面や人物像は、実はこうした画家たちの作品によるものの影響であることがよくわかる。絵自体は日本画の正統的技法に基づくしっかりした作品も多く、迫力ある表現もみられる。
 第2部の「洋画のなかの歴史」では、明治からはじまったわが国の洋画の最初の重要な表現対象として、日本の歴史や伝説から抽出した題材がよく用いられたという実例が沢山示されている。ドイツへ留学した原田直次郎の「騎龍観音」などは、特別の歴史事実にも宗教心にも関係ない、彼のもつ日本の伝統の率直なイメージ表現なのであろう。この作品にしても、山本芳翠の「浦島図」にしても、西欧近代美術の人物表現や画面構成におおいに影響されていることが容易に理解できる。当時の学者や知識人は、和魂洋才を標榜したが、このことは画家についても全く同様であったことがこれでわかる。明治の文明開化の運動に、わが国の初期の洋画は上記の日本画とともに、絵の表現を通じてとくにイメージ形成の面から、大いに影響を与えたらしい。
 第3部の「明治後半期の歴史意識」では、日清戦争、さらに日露戦争を経験して、わが国の国家意識が微妙にねじれてくるのが、絵画にも直接影響していることが示されている。国威発揚をもくろむ内国勧業博覧会が東京や京都で開催され、日本画や洋画の作家たちは競って「求められている題材」で作品を出展した。これらのなかには、黒田清輝や青木繁などのわが国の洋画のパイオニアが主流として含まれている。黒田清輝は明確に、「思想」を表現する手段としての「思想画」を標榜している。青木繁の「日本武尊」や、光明皇后を題材にした中沢弘光の「おもいで」など、日本神話や伝説から取材した、神秘的かつ観念的な題材が、西洋的近代技法を借りて表現されている。
 第4部の「戦争の造形」は少し視点を変えて、明治初期から明治後期までの間の、絵画による戦争表現をまとめて示している。西南戦争を題材にしたものや、下岡蓮杖の「台湾戦争図」などの明治初期の絵もあるが、やはり主要な作品群は、日清戦争および日露戦争を題材とする明治後期のものである。わが国での洋画界におおいに指導力を発揮したとされる小山正太郎は、戦争絵画をとくに好み、率先して日清戦争に従軍したという。弟子の満谷国四郎の作品「林大尉の戦死」に対して、鮮血を表す朱色をふんだんに追加したともいう。おそらく彼にとっては、戦争は単に栄達のための手段のみでなく、彼の考える芸術表現のための重要な題材でもあったのであろう。このようななかでも、満谷国四郎の「戦の話」のように、戦争から帰った若者が、家族あるいは戦友の遺族に対して、戦争の悲惨さをひっそりと話し、それを聴く人々の深刻な表情が見事に表現されているような作品もある。また、絵画でなくて写真であるが、亀井滋明の「明治二十七八年戦役写真帳」でも、写真芸術家としての自分の表現と、天皇陛下に報告するための表現とが、ともに別々に残っているのが分かる例もある。
 これらの幕末から明治にかけての美術をみて、2つのことを考えた。
 まずこれら多くの芸術家たちが、ときの権力に迎合し、日本の神国思想の普及、天皇の神格化、台湾・朝鮮・中国に対する蔑視、などの多くのわが国の「過ち」に荷担していたという事実である。単なる芸術、世間から超越した芸術ではなく、まさに体制におもねた、手段としての、下僕としての芸術の姿がそこにある。
 しかし一方では、これらの芸術家がわが国の文明開花を積極的に支援し、短期間に高度な科学技術、社会体制を築くのに貢献したことも事実であろう。わが国の明治維新にはじまる短期間かつ高効率の改革活動は、世界的にも希有な奇跡的業績であることは広く認められている。こうした奇跡の背景に、文化的支援の一部として、これら「体制派」の芸術家の貢献があったことも厳然たる事実であると思う。勿論すでに書いたように、彼らの活動はやがてねじれた国家主義に結合して、悲惨な日本的ファシズムを醸成することに荷担してしまうのであるが、すべてを悪い面のみから糾弾するのも片手落ちであると考える。
 ある評論家が、天国にもっとも近い職業は「芸術家」であり、もっとも天国から遠い職業は「政治家」であると、もっともらしい顔で話していたことがある。我々自身も日常では、なんとなく芸術家は精神的に自由であろうと思いがちである。「自由業」という響きのよい言葉もある。しかしながら現実には、彼らも世間のひとびとに認められてこそ生計がたち、栄達が図れるという厳然たる事実がある。この絵画展は、絵画そのものの出来栄えという点ではかならずしもすばらしい作品ばかりではなかったが、作品を供給する芸術家の立場とその心理をいろいろ考察する意味では、非常に興味深い機会を与えてくれた。(1993.10.31)

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