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失恋の成果

 私が卒業したのは関西にある高校だが、首都圏の在住者を対象とする高校同窓会があった。そこでほんとうに久しぶりに、私にとって初恋の人と再会する機会をえた。
 誰にとっても一生は一度きりのものであり、その青春も一度しかない。その貴重な時期に出会ったその人は、こうして違う人生を歩んできて、直接の関係はまったくないものの、いつまでも私にとってかけがえのない存在であることにはかわりはない。
 私は少なくとも3つの点で、その人のおかげをこうむっている。
 まず、この失恋を経験することで、私は以後、多少なりとも相手の気持ちを考慮するようになったと思う。高校時代、私はその人に夢中になり、必死になってその人のこと、その人のためを考えていたつもりで、実は専ら自分のことだけ、自分の気持ちだけを考えていたことに、失恋のあとで気づくこととなった。いくら真剣に恋しているとしても、その相手の人にとって関心がなければ、その人にとってはほとんど迷惑でしかないという、実に単純なことに気づかなかった。それ以後は恋をしても、相手がどの程度自分に関心をもってくれているのか、押しつけがましい態度が過ぎていないか、少しは考えてみる気持ちの余裕ができたように思う。人の気持ちを考えてみるということは、企業で管理職として働くようになった今では、別の意味できわめて重要なポイントとなっている。翻って、初恋のその人には、随分暑苦しい、うっとうしい経験をさせたことであろうと、今では反省している。
 2つめは、その人に美術をはじめとする種々の芸術への興味を開いてもらったことである。いまでは私も、少なくとも潜在的には芸術に対する指向性を少しは持ち合わせていると自負している。しかし、私は高校時代、エンジニア出身の父を尊敬する典型的な理科系の学生であり、ほとんど芸術や文学に興味がなかった。その人は、美術部に在籍し、洋画を志す女学生であった。それまでそういう分野に暗かった私にとって、その人の感性と指向性は、暗闇に光を見るごとく鮮烈であった。私がその当時その人に強くひかれたのは、その人が美しかったこともあるが、自分の未知であった世界を、自然に教え、啓発してくれたことにも関係があったと信じている。残念ながら、私は絵を描く能力がなく、自分で絵筆をとるということはない。しかし、以来絵画を鑑賞するというのは、私にとって大切な楽しみのひとつとなっている。大学の終わりころから少しずつはじめ、結婚してから本格的に没頭することとなった文学への傾斜も、その源泉は高校時代のその人との出会いであるように思う。
 3つめは、その人との約束である。3年生の終わりころ、一度その人と放課後に2時間弱ほど、人けのない校舎の階段ゆきどまりの踊り場で、将来の抱負などに関してゆっくり話し合ったことがあった。残念ながら、その人はそのときのことを全く忘れてしまっていたが、私にとっては貴重な青春のひとときの記憶であり、いまでも鮮明に覚えている。私は、大学に入ったら、ひとまず一心不乱に勉学に没頭してみようと思う、とその人に言った。高校時代も人並みには勉強したと思うが、とくにスポーツの才能もなく、音楽や美術にも特別の興味なく、ただ自治会活動でわずかに自己実現を図るだけの、なにか不完全燃焼の気持ちが残る高校生活であった。大学に行けば、ともかく自分が全身の興味をもって打ち込めるはずの学問があると考えた。そのときその人は、私を励ましてくれた。大学に入ってからは、たしかに学問に興味が持てたし、自分ながらよく勉強に励んだと思うこともある。しかし、学園紛争や、研究テーマの問題、さらにその他、現実の大学の現場では、様々な思いがけない不満や行き詰まりに何度も遭遇した。その時々、気持ちを切り換えて、初心に戻って出直すことができたのは、周囲の人々の暖かい激励や鞭撻などのおかげであるとともに、すでに何の関係もなくなっていたその人との約束が、自分自身の心の意地として与かって力となっていた。
 初恋と言ってもまったくの片恋であったし、再会して、何をどのように話を進めたらよいのかわからず、大勢の喧騒とアルコールも手伝って、あまり意味のあることを伝えることができなかったようにも思うが、私にとっては、久しぶりに少し緊張した、楽しいひとときであった。(1993.11)

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