2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト
無料ブログはココログ

« 経済原則と公害 | トップページ | 宮崎進展・講演会 »

インドネシア映画「タクシー」


 テレビでインドネシアの1990年の映画「タクシー」を見た。このような映画は日本であまり興行されないので、テレビ番組は貴重である。
 主人公の青年は比較的裕福な知識階級の出身で、大学で哲学を修めたが、普通のエスタブリッシュメントになるのを拒否して、社会の底辺に近いタクシー運転手の道を選ぶ。彼はこの仕事を通じて、社会の裏側を見聞することになり、それなりに興味をもって仕事に励む。ある日ふとしたきっかけで、若い赤ん坊連れの女を乗せる。降りるとき女はその子供を彼に預けて、行方不明となる。子供を心配する彼は、その子を連れ帰り、長屋のような賑やかな庶民の住居で一緒に暮らしはじめる。しばらくして、その子の母である例の女が子供を探して表れる。彼は子供を棄てようとしたことに対して怒るが、その女が恋人に棄てられて、子供を連れてゆくところがなく困っているのに同情する。その女は歌手になるため、テストを受けているという。やがて彼女は歌手として売れだし、一躍スターになる。けれどもそれは自分の子供の存在を否定し、独身と偽ってのものであった。事情は理解しながらも、運転手は彼女の態度を怒り、人間らしく自分の子供を認めることを忠告する。紆余曲折ののち、彼女もその考えに同意し、マスコミに自分が子持ちであったことを発表しようとする。しかしそのとき、以前自分を棄てた子供の父親が突然帰ってきて、自分の態度を詫び、復縁をせまる。彼女は二人の男に愛されながらも、とるべき道に困って、子供を連れて出ていってしまう。
 ストーリーとしては、よくあるような話であり、とくに言うべきこともないが、登場人物のストレートな人格表現は、皮肉や冷笑みがなく、清々しい。経済が上向き、生活レベルが上がりつつあり、近代的な都市生活者が増えてきたインドネシアの風俗が随所に表れ、映画表現もこうして清新なものが出現しつつあるということがわかった点で、非常に興味深い鑑賞であった。(1994.11.6)

人気ブログランキングへ

« 経済原則と公害 | トップページ | 宮崎進展・講演会 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: インドネシア映画「タクシー」:

« 経済原則と公害 | トップページ | 宮崎進展・講演会 »