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エル・グレコ展 国立国際美術館(4)

  そして最後のコーナーには「無原罪のお宿り」(1607) がある。高さ3.5メートル、幅1.7メートル余の大きな作品である。聖母マリアが原罪を免れてその母アンナに宿ったことを表現したもので、画面上方の明るい光、下方の現世の暗い世界、現世の重力から解放されたかのようにゆっくりとしかし確実に上昇していく荘厳で巨大なエネルギー、そのマリアを祝福する人びとや天使、などが、画面を下から見上げることを考慮して、大胆に下半身を大きく長くデフォルメして描いている。写真やテレビ画面でなんども見たが、こうして直接観ると、やはりその圧倒的な荘厳さと迫力に、素直に感動する。Photo
  エル・グレコは、ルネサンスにはじまった宗教改革運動に対して、カソリックを守り取り戻すための対抗宗教改革の立場で、多数の宗教画を描いた。スペイン国王フェリペ2世は、彼の最大のスポンサーであった。フェリペ2世を題材にした「フェリペ2世の栄光」(1580頃) という作品では、フェリペ2世が黒衣をまとって画面下方に現れ、神の御名による最後の審判を敬虔なカソリック信徒として待つシーンが描かれている。画面右手には怪物の胎内に描かれた地獄が、その少し上には煉獄が、そして画面上方には、キリストのモノグラムHISが、栄光の明るい光のなかに浮かんでいる。宗教的に存在を信じる者のみが見ることを許されたものを、同じ画面の中に位置・周囲の描写の工夫、光の効果などを駆使して、大きな違和感なく描きこむ、というのは、エル・グレコの得意とする画法であった。
  晩年のエル・グレコは、画家という活動範囲にこだわらず、建築・彫刻・絵画という元来は同一の原理から発生した造形芸術を、神聖な教会・礼拝堂において、神の光の空間として融合させる、という総合プロデューサー的な仕事に没頭した。たとえば「無原罪のお宿り」も、トレドのサン・ビセンテ聖堂オバーリエ礼拝堂の主祭壇画として制作されたものである。この他にも、サン・ニコラス教区聖堂のための作品群、サンタ・レオカディア・イ・サン・ロマン教区聖堂、あるいはカリダード施療院のための作品群などが展示されている。いずれも、建築物のなかでの配置を考慮し、観る者との関係を精密に計算した画面配置とデフォルメを導入した、きわめて知的な作品郡である。
  エル・グレコは、その死後長らく美術史の世界から忘れられていたが、19世紀末にセザンヌやピカソから再評価された、という。ベラスケスの実物を観たときも同様であったが、やはり時代が古い画家であっても、このような「本物の大家」の作品は、その技量・迫力・構想力に圧倒され、とても新鮮な感動がある。なにより、その芸術がとても新鮮でホットなのである。
  今回の展覧会は、展示作品数が50点ほどで、通常の絵画展より少なめであったが、いずれの作品もずしんと重い、インパクトの強烈な作品ばかりで、100点以上観たような気がした。宗教に疎い私は、正直なところ半信半疑で美術館に足を運んだのだったが、観賞してみて、やってきてほんとうに良かった、と思った。

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