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エアコンなし・節電のひと冬の経験

  先週末から、この冬一番の寒気団が襲来して、青森県の酸ヶ湯町では、観測史上最高の5.5メートルを超える積雪が観測されたという。まだ寒い日が続く。
  私は、昨夏「エアコンなし・節電のひと夏の経験」をした。それに続いてこの冬も、エアコンを「自発的には」使用せずに過ごした。
  といっても、決して偉そうに言えるほどのことではない。大学に行っても、アルバイト先の事務所に行っても、街に出ても、電車に乗っても、いたるところにエアコンで暖房された空間がある。ただ、自宅でひとり自室で過ごす時間、これが隠居の身となった今ではもっとも長いことはたしかだが、ここでのみ厚着をしてエアコンなし、なのである。しかも、22Wの足温器と、55Wの電気膝掛けとは使用している。ただ自室でもエアコンを使用すると、消費電力は約1kWとなるから、かなりの省エネにはなる。まあ、高齢者の隠居ができる省エネとしては、この程度のことである。
  さらに、そんなに重大な決意ではじめたわけでもなく、もし途中で風邪を引いたりでもしたら、すぐ白旗をあげて中止するつもりであった。そんな軟弱な行為であって、まったく自慢できるものではない。
  その結果、幸いにしていままで風邪を引かずに過ごすことができた。いや、まだ春先に、ほっとして風邪を引くかも知れないが。
  こうしてやせ我慢を実行してみると、それなりにささやかな発見がある。
  こうしてエアコンなしを実行してみると、室温がほぼ毎日10℃を切る現在よりも、冬至前の、まだ徐々に寒さが進行するころの方が感覚的には寒かった。1月を過ぎて徐々に夕方の日が長くなってくるのを感じるころには、こころ密かに「勝った!」と喝采をあげた。それまでは少し耐えにくいような感覚の寒さであったのが、徐々に身体が野生に戻ったのか、ちょうど長距離走で慣れてくると苦しさが耐え得るように感じるのと同様に、我慢しやすくなったように思う。科学的に推測すれば、自己発熱能力が向上したと感じる。典型的には、就寝時の上布団が、昨年は真冬期には一枚上から足していたのが、今年はまったく必要なかった。そのうえ、布団のなかでは身体がとてもポカポカするのを感じるようになった。実際、食欲はより旺盛になり、それでも体重は増加しない。
  この自覚的現象は、昨夏の経験と符合する。真夏をエアコンなし(といっても扇風機を使ったが) で過ごすと、確実に食欲が減少した。しかも、それでも全く体重が減少しなかった。やはり基礎代謝が減ったのだろうと思っている。それと対照的に、この冬は基礎代謝が増加したのだと推測する。
  やはり高齢者でもそれなりに、環境に順応することが実感できた。でも考えてみると、半世紀以前になるが、私の祖母は、断熱材の性能がわるい旧式の住宅で、室温が5℃くらいまで下がるところで、一冬中火鉢ひとつで過ごしていた。私の場合は、はるかに穏やかな環境であることは事実である。
  エアコンをつけずに部屋のドアを開け放して過ごしていると、私ひとりで家にいるとき、玄関のチャイムなどがよく聞こえて、便利なことも多い。かなり厚着をして室内にいるので、野暮ったい外観とはなるが、こうして冬を過ごしてみるのもわるくはない。
  暑い夏・寒い冬という経験も、私たちのような老人は、これから何回経験できるのだろう、と思う。あと、もし元気なままで20回も経験できたら、ずいぶん幸運だと思うだろう。暑い、寒いと不平を言うより、わが国の美しい四季の一部として、暑さ・寒さを味わうようにしたい、と精一杯ポジティブに考えることにしたい。

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