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木島櫻谷の生い立ちと初期の作品 木島櫻谷展(1)

  秋の快い一日、日本画家木島櫻谷(このしま おうこく) の作品展示と旧宅見学に過ごした。 Photo
「木島櫻谷展  京都日本画の俊英」と題された展覧会が京都東山山麓の泉屋博古館で開催された。泉屋博古館がこのような一般者向けを意識した展覧会を開催し、また広く広告を打つというのは珍しいことである。
  木島櫻谷は、明治10年(1877) 京都三条室町で内裏へ高級調度品を納品する裕福な商家に生まれ、本名を文治郎といった。16歳から父の知己でもあった四条派の今尾景年に師事した。その前にすでに父を亡くしていたため、文治郎にとって今尾景年は父のような存在であったらしい。厳しく優しく丁寧な今尾景年の指導のもと、文治郎は早くから非凡な才能を現したという。また儒医山本渓愚から儒学・漢学・本草学を学び、幅広く教養を研鑽した。漢学を熱心に勉学し「論語読みの櫻谷さん」と呼ばれるほどであったという。Photo_3
  四条・丸山派の流れをくんだ写生を基本とする動物・植物・風景・人物を描き、すでに20歳のとき第一回全国絵画共進会に出品した「忠臣身を殺して主を救ふの図」で2等賞を得た。絵画の技能に優れるのみでなく、明治の新時代が洋風の大きな建物を普及させ、そこに飾られる絵画にも大型の作品を求めるという時代的要請に対して、櫻谷は伝統的な屏風絵からヒントを得て、横長の2幅の絵を横に並べてパノラマ的に演出する様式を導入するなど、新しい工夫を取り入れ、早くから注目を浴び、早々に宮内省買い上げとなるなど、高い名声を得た。
  今回展示されている作品では「剣の舞」(1901) は比較的早期の作品である。敗軍の将を描くこの作品で、多少形式的な印象はぬぐえないが、櫻谷はすでに充実した技能、人物の内面の表現力を確立している。
  櫻谷の、とくに動物の描写が多くの人々を惹きつけた。「咆哮」(1902) は、彼が得意とする横長のパノラマ的画面に展開する鹿と獅子の群れの絵である。櫻谷が描く獅子は、精緻な描写もさることながら、獰猛な感じよりもむしろその眼の優しさが印象的である。1_2



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