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新たなる挑戦 竹内栖鳳展 京都市美術館(3)

  栖鳳は、日本画が西洋画に劣らぬ写生をもつものとするため、さまざまな工夫を重ねた。
Photo_2  たとえば寺院の天井画に「天女」を描くために、複数の女性モデルを用い、さまざまなポーズをとらせてヌードを克明に写生して、そのベースの上に着衣の天女を描いた。最終的な作品としては栖鳳にはヌードの作品は一点もないが、それも関わらず、習作として多数の裸婦のデッサンが残っている。
  またジョン・ラスキン「近代画家論」を英文学者の翻訳で学んだり、医学者から解剖学の講義を受講して人体の構造を解剖学的に理解することも試みた。
  裸婦のモデルになる若い女性が、衣服を脱ぎ始める寸前の恥じらいの瞬間を捉えた「絵になる最初」(1913) という作品がある。恥じらいでほのかに染まった顔を手で少し隠した様子を描くが、上品なエロチシズムが溢れる魅力的な絵である。ドガのように、ほんの一瞬のシーンを的確に捉えて表現していることに感銘を受ける。このような「瞬間の把握」という要素をも、栖鳳は日本画に取り入れた。
  残念ながら未完成となったが、「船と鴎」(1911) という作品がある。二艘の木製の舟を上方から俯瞰し、3羽の鴎をそのうえにかぶせて描く、という日本画としてはとても斬新な構図である。鴎は未だ描かれていないが、鴎を描く部分は白く余白が残っている。
  東本願寺の庫裡で働く若い下女が、ふと一息入れて汗をぬぐっている瞬間を捉えた「日稼」(1917) という作品がある。これは栖鳳の唯一の本格的人物画であるとされ、貴重な作品である。なんでもない普通の若い女性の生きる姿の輝きを、自然主義的とも思えるような的確かつ美しく描いた作品である。
  栖鳳は、終生にわたって雀を好んで描いているが、そのひとつが「喜雀図」(1912) である。金地の画面に、小さな雀が複数愛らしく描かれているが、ここでは画面構成として思い切って空白が残されていて、その余白がとても生きている。
  軍鶏の闘鶏を描いた「蹴合」という作品が、大正15年(1926) のものと、昭和4年(1929) のものと2点並んで展示されている。闘鶏用に鍛えられた軍鶏の鋭く力強い筋肉とその動きが、ほぼ等身大の絵で表現され、わずかに落ちる羽毛がその戦いの生々しさを伝える。実物の動きを克明に分析し、観察してこその迫力がある。

Photo_4
  ヨーロッパの風景を日本画として表現した「羅馬之図」(1903) という作品がある。これも日本画の表現力を画家なりにためそうとしたものであろう。

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