2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
フォト
無料ブログはココログ

« 映画「パンドラの約束」-原発の是非- | トップページ | ヴェネツィアの栄光と影 ターナー展 (4) »

イタリアのインパクト ターナー展 (3)

  18世紀のヨーロッパでは、貴族や富裕民たちの師弟は、教育の仕上げの一貫として、ヨーロッパ大陸を1~2年間見学・遊学する旅が「グランド・ツアー」として流行していたそうである。そしてその旅の終着場がイタリアであった。ターナーも、画家として成熟しつつあった40歳代にイタリアを訪れたことが大きな転機となった。
  「ヴァティカンから望むローマ、ラ・フォルナリーナを伴って回廊装飾のための絵を準備するラファエロ」(1820) は、イタリアの古典的な景勝をすべてとりこんだ大作であり、この時点での彼の到達点であった。
Photo
  「チャイルド・ハロルドの巡礼 ―イタリア」(1832) という絵がある。ターナーより10歳余り年少の詩人ジョージ・ゴードン・バイロンは「チャイルド・ハロルドの巡礼」という長編詩を書き、その第4篇からターナーがインスピレーションを得て描いたのが、この作品である。詩の主人公ハロルドは、青春の貴重な時間を浪費したことを悔いて、魂の救済を求めて巡礼の旅に出る。そしてついにイタリアに来て、その心にしみ入る美に癒される、という内容であり、ターナー自身が共感できるものであったらしい。イタリアの風景と詩人バイロンに対する賛辞として、ターナーはこの作品を創作した。ターナーが重視し愛する遺跡群が描かれ、イタリアの卓越性を象徴するように異常なまでに高い樹木が聳える。ターナーは、伝統を重視し、クラシックかつ保守的な画風が基調だが、ときにこのように奇抜とも斬新とも思える表現を導入する。彼はこの作品を、ロイヤルアカデミー展に出品するとき、バイロンの詩の一節を添えた。「さて、美しいイタリアよ! そなたは世界の庭園なり (中略) そなたの雑草さえ美しい。そなたの残骸は栄光にほかならず、そなたの廃墟は決して汚すことのできぬ清浄な魅力に飾られている。」この絵は、今回のターナー展のポスターにも用いられている。また、明治時代に夏目漱石がロンドンに留学したとき、この絵を見て感動したらしい、との伝記研究もあるそうだ。
Photo_2
  ターナーがイタリアで描いた個性的な作品のひとつとして「レグルス」(1828-37) がある。古代ローマの将軍 マルカス・レグルスは、第一次ポエニ戦争(BC264-241) でカルタゴの捕虜となる。カルタゴ軍幹部から、レグルスはローマとの休戦を仲介することを命ぜられる。しかしレグルスはローマに休戦案を拒絶するよう伝えたため、カルタゴにて拷問を受け、ついに殺害されてしまう。その間、レグルスは瞼を切り取られて暗い牢獄に閉じ込められた。そして後に、暗い牢獄から引き出されてまぶしい陽光に晒されたとき彼は失明する。その瞬間のレグルスの視覚を想像して描いたのがこの作品である。ターナーの絵は、それまで古典的で荘重で、どちらかといえば暗いトーンのものが多かった。この作品が発表されて絵を見た多くの観衆は、その斬新さ、強烈な光の表現に驚いたという。酷評する評論家もあれば、これこそターナーでしか描けない、と絶賛する論家もいた、という。
Photo_3

人気ブログランキングへ

« 映画「パンドラの約束」-原発の是非- | トップページ | ヴェネツィアの栄光と影 ターナー展 (4) »

美術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1444830/56196569

この記事へのトラックバック一覧です: イタリアのインパクト ターナー展 (3):

« 映画「パンドラの約束」-原発の是非- | トップページ | ヴェネツィアの栄光と影 ターナー展 (4) »