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映画「パンドラの約束」-原発の是非-

  ある知人からこの映画を紹介してもらい、一緒に鑑賞する機会があった。マイナーな映画であるために、どこででも鑑賞できるわけではない。私たちは、大阪心斎橋の「シネマート心斎橋」という映画館で観たのであった。
  この映画は非常に風変わりな作品である。監督のロバート・ストーン氏は、ながらく環境保護の立場から原発反対の立場で旺盛な活動をしていた。しかしあるとき考えが反転し、積極的な原子力発電推進派になった。そして、同じように原発反対派から原子力推進派に180度転向した5人の主立った活動家・知識人を登場させて、チェルノブイリ・スリーマイル島・福島を取材し、撮影し、この映画を3年がかりで完成させた。
  あらゆる技術に共通して、原子力発電の事故は、完璧に防止できるわけではない。どうしても事故は発生する可能性があり、それはまちがいなく悲劇である。しかし、冷静に事故の経過を観察すると、原子力発電のみが理由なく、あるいは理由不明なままに「絶対的に」否定されている、という事実がある。何十年間にわたって反原発を叫ぶ活動家も登場するが、彼らの「原発事故では、直ちに数十人から数百人、長期的には百万人以上が死に至るか致命的なダメージを受ける」という主張は、丹念に調べた結果、信頼できる根拠が皆無である。それに反する実例としては、チェルノブイリに住むロシア正教会の神父の話がある。その教会がある地区の人々の話だが、チェルノブイリでは事故のあと、原子力発電所近隣地域は立ち入り禁止となったが、多数の住民が事故のあとまもなく帰宅した。立入が厳しく禁止され管理されたので、ほとんどの人々は林や森のなかを歩いて苦労して故郷の我が家に帰ったという。そして今に至るまでチェルノブイリに住み着いている。彼らにとって、生命や健康の危険も深刻であったが、それ以上に故郷を失うことはもっと辛かったという。そして、その神父の話では、以後誰一人として原発事故の影響、つまり放射能などによる死傷、健康障害などはなかった、という。
  映画では、福島をはじめ、世界各地の放射能レベルを実測している。たしかに福島の原発付近の放射能レベルは高いが、実測してみると世界各地に、原発に無縁の土地でそれ以上の放射能を計測する場所が多数存在している。放射能は目に見えない不気味な脅威であり、それを恐れることは当然ではあるが、メディアなどに喧伝されて真実を見失うことも大きな問題である、とする。
  原子力発電設備は、事故を皆無にはできないが、事故が発生しても大問題を発生しないように、危険を封じ込める技術が1980年代にアメリカで研究開発されていた。そして、世界の報道機関を招待して公開実験が行われた。福島で発生したとほとんど同じ事象が、つまり炉心の冷却不能という状況が意図的に設定され、数分後に無事冷却再現、鎮静化という実験結果も収録された。ところがその実用化のための追加開発を進めようとしたそのときに、アメリカ議会で原子力推進を唱える共和党に反対する民主党の今の国務長官たるケリー議員の主張などによって、この開発計画は中断されてしまったという。開発に従事していた原子力技術者チャールズ・ティル氏は、政治的な事情で重要で必要な技術開発が中断されてしまうことは、国家にとって、さらに世界にとって深刻な問題であり、損失であり、過失である、と述べている。
  実際、この方法のみならず、原子力技術は着実に進歩していて、もっと本質的に安全性が高い反応炉も実用化に近付いているという。
  事実が歪曲されているもうひとつの典型例として、原発の放射性廃棄物がある。1980年代の原子炉でさえ、ほんとうの廃棄物の量は、メディアで喧伝されているような大量なものではなく、はるかに少量である。しかも、その廃棄物を原発の燃料として再利用する技術も、今の先端技術ではなく、1980年代の技術として存在していた、という。こういう重要な事実は、私も国内の専門家からは聴いたことがあるが、メディアでは決して報道されることがない。
  さらに、原子力発電が、実績として大きな貢献があるのが、核兵器の処理である。実は、アメリカはロシアから、旧ソ連時代の核弾頭を1,500発以上購入して、それを原発用燃料として組み換え、実際に原子力発電に使用している、という。原発が核兵器を発電という有用な用途に転換してくれる、実際にしてくれている、というのである。
  これら以外にも、かつて激しく原発に反対し活動していた5人の活動家たち、すなわち、アメリカの高名な環境保護運動活動家スチュアート・ブランド、イギリスの環境活動家・作家マーク・ライナース、1990年代にアジア地区で森林保護運動を指導し、さらにブレイクスルー研究所を設立して、エネルギー・気候・安全保障などに関する研究を進めているマイケル・シェレンバーガー、雑誌「New Yorker」所属の時代から気候変動に興味を持ち、当初は筋金入りともいえる反原発派だったジャーナリスト グイネス・クレイヴンズ、ピューリッツァー賞ノンフィクション部門受賞作の『原子力爆弾の製造』(1986)の著者で、長らく原発反対の立場から著作活動を続けていた作家 リチャード・ローズ、がそれぞれ自分の考えの経緯を述べている。労力を厭わず自分自身の脚と目で事実を追い求め、いかにして無責任なメディアや流言の類から自由になり、原発に対する偏見を乗り越えて、現在原子力発電を必要なものとして認識するに至ったのかを説くのは、それぞれに元は強固な反対派であっただけに、実に説得力がある。
  全体にきわめて冷静で淡々とした映画であるが、原発反対・賛成の両方のひとびとを登場させて主張を述べさせ、丹念に事実を求めて取材して紹介している。このような映画を創るアメリカの映画界の底力を改めて感じた。
  私は、この映画が主張する内容だけが真実だとも、安易には思わない。しかし、いまメディアに溢れている一方的・感情的・独断的な「原発反対」の立場の情報だけでは、あまりにリスクが大きく、大きな過ちを起こしかねない。このような立場の主張にも真摯に耳を傾けることが必要である、と思う。そして、技術者の一人としては、危険をともなうような技術であれば、一層のこと技術の研究開発は停止してはならない、そのためには人材の確保が必要であり、その当事者たる学生や技術者・研究者が不当な偏見や差別を受けるような無責任な風潮は、厳に矯正すべきである、と考えるのである。
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