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浮世絵のはじまりから確立まで 大阪市立美術館(1)

  米国シカゴの実業家・美術蒐集家ロジャー・ウェストン氏が所蔵する肉筆浮世絵の展覧会が大阪市立美術館で開催された。10年ほど以前にやはり米国の、医師・美術蒐集家ウィリアム・ビゲロー所蔵の肉筆浮世絵展を鑑賞したことがあったが、そのときもずいぶん感動したので、今回も是非鑑賞したいと、不安定な春の平日、家人と一緒に出かけた。
  ウィリアム・ビゲロー氏は、明治初期に来日して直接フェノロサに学び、天台密教に帰依して「月心」という法号まで得たような人物であり、時代も早かったのでほとんど無競争に良質の肉筆浮世絵を集めたようだ。しかし今回のロジャー・ウェストン氏は、昭和末期から最近までの20年間に130点以上の肉筆浮世絵を蒐集したという。ロジャー・ウェストン氏は、その前に日本の漆器に感動して、多数の蒔絵工芸品・印籠・根付を蒐集していたといい、日本美術に対して深い造詣をもつ人物のようである。
  「浮世」すなわち宗教に関わらない世俗的な人物を題材として絵画にする、という営為は、わが国ではようやく江戸時代になってから始まった。その草創期の「浮世絵」は、伝統絵画の中心地であった京都において創作された。他の芸術と同様に、その最初のスポンサーは大名などの上級権力者に限られていた。やがて寛永年間(1624~44)から寛文年間(1661~73)ころになって、民間の富裕者が注文を出すようになり、歌舞伎や遊里も描かれるようになった。作品も小型化して掛軸装の一人立美人図が発生するにいたった。初期には、やまと絵の土佐派の関与もあったようだが、後に漢画の狩野派の絵師たちによって描き続けられた。寛永年間ころには町絵師が主な創作者となり、上方の社会に広く愛好されたものとみられている。
  この展覧会の冒頭は、「京・奈良名所図屏風」や、寛文美人と呼ばれる一人立美人図である。ただ、あとで見る成熟した肉筆浮世絵に較べると、未だ画風はぎこちない印象が残る。
 
Photo
  17世紀後半になると、京都での浮世絵は衰退していく。その一方で、江戸では菱川師宣が登場して、肉筆浮世絵だけでなく、版画も精力的に創作するようになり、江戸に浮世絵を専門とする絵師として「浮世絵師」が確立した。菱川師宣が「浮世絵の父」とも呼ばれる由縁である。菱川師宣の作品としては、初期の浮世絵の定番である「立姿遊女図」(元禄年間) とともに、「江戸風俗図巻」(元禄年間) がある。さすがにしっかりした堂々たる筆致である。
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