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華やかな幕末の浮世絵 大阪市立美術館(3)

 幕末に近づくころ、浮世絵は一層活発な活動を示した。歌川派は歌川豊春を祖として豊国と豊広という偉大な門人を得た。豊国の門からは二代目豊国・国貞・国芳などの巨匠が相次ぎ、豊弘の門からは安藤広重を輩出した。Photo
 歌川豊国の「時世粧百姿図(じせいそうひゃくすがたず)」(文化13年、1816年)は、24葉にもおよぶ大作であり、そのすべてが充実した名品である。文化文政時代のさまざまな階層・職業の女たちの風俗を、詳細かつ精緻な絵でみごとに表現しており、当時の江戸の日常を知る史料としても価値が高いと思われる。
この歌川派に対して、希代の天才であった葛飾北斎は、常に画風を変化させながら宝永年間(1780年代) から嘉永年代(1840年代)まで、約70年もの作画生活を送った。Photo_2
  彼としては初期の作品として「美人愛猫図」(享和年代、1800年ころ) が展示されている。それまでの立姿遊女図の定型的な構図である腰をひねった、ポーズをとった美人画ではなく、自然体ですっきりと立ちながら、その着物の流れが、単純な並行ではなく、自然で微妙な心地よいリズムを奏でて、あたかもミケランジェロの「ピエタ」の衣服のドレープを連想させるような、現実を超越したような美しさを表現している。北斎の作品としては、この他に「大原女図」(寛政~享和、1800年ころ)、「桜花遊女と禿図」(天保年間、1830年代) が展示されている。いずれも、他の多くの肉筆浮世絵のようにきちんと色彩を塗り込むことをせず、白地を残して荒い筆致ですばやくあっさりと描いたような絵であるが、美の焦点となるようなポイントはしっかりかつ見事に描かれていて、現代でさえもとても斬新で新鮮な表現に思える、卓越した絵である。いつ見ても、葛飾北斎の絵には強く引きこまれる。画業が超人的に長期にわたること、その間ひとときも立ち止まらず常に新しい画風を追求し確立していったこと、その結果として作品数が圧倒的に多いこと、などの卓越した特徴は、西洋画のピカソに類似する。北斎こそはまさに天才である、といつも思う。
Photo_3   明治維新のあと、しばらく東京の浮世絵界は、歌川派の絵師たちが支えていた。歌川国貞門下の豊原国周は、明治期の役者絵の第一人者として活躍し、最後の役者絵師と呼ばれたという。
  幕末から明治中期にかけて活躍した河鍋暁斎は、狩野派も学びながら浮世絵では歌川国芳の門下であった。暁斎の「一休禅師地獄太夫図」(明治20年ころ) は、一休が教えを与えた遊女の脇に髑髏が踊り、その上に浮かび漂うような軽妙な一休が描かれている、まるでシャガールの幻想的世界のような絵である。
  全体で130点ほどと、少し多めであったこともあり、3時間弱もの間熱中して鑑賞した。ひととおり見終わったあとは、いささか疲労感があったものの、今回もとても充実した、感動に包まれた鑑賞であった。

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