2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト
無料ブログはココログ

« 狩野山楽と狩野孝信 京都国立博物館(3) | トップページ | 「ガウディと井上雄彦」展 兵庫県立美術館(1) »

狩野探幽の登場 狩野派展 京都国立博物館(4)

  狩野派継承者の不幸は続き、叔父孝信の後見を得て漸く成長して、狩野派の若き当主として活躍をはじめた狩野貞信は、将来を嘱望されつつわずか27歳で亡くなってしまった。このあとを実質的に継いだのが、孝信の子 探幽であった。
  探幽は、幼少期から絵の才能を現し、10歳にして徳川家康の謁見を得、16歳で幕府御用絵師に取り立てられたという天才であった。作品としては、たとえば「琴棋書画図襖」(名古屋城) がある。中国では、士太夫の嗜みとして琴・将棋および囲碁・書・画が必須として求められていて、その様子を描いたものである。今回は、そのうちの「琴」が展示されている。空間をたっぷりとって、構図で士太夫の自由さ・豪快さと発展性を現している。ふと自分を顧みると、私は楽器・囲碁・将棋・書・画のいずれもろくに嗜みがない。まあそれでもこれまでなんとか過ごしてきたが、伝統的士太夫としてはまったく失格であることを、あらためて思い知る。
  また、探幽の代表作のひとつとされる「松に孔雀図壁貼付・襖」(二条城) がある。勇壮・雄大な松の巨木が画面いっぱいに広がり、左端の一面には華麗な孔雀が描かれている。松の巨木は、画面に押し込まれたような印象はなく、むしろ勇壮な巨木を写し取り、トリミングしたらこうなった、という雰囲気の自然な構図である。孔雀も、華麗でとてもすばらしい。
 
1
  探幽の絵は、永徳の豪快さ、光信の華やかさと繊細さなど、それぞれの先達から狩野派の特徴を受け継ぎ、さらに独自の端麗瀟洒な画風を築きあげたと言える。私たちアマチュアが鑑賞しても、たしかに探幽の絵はとりわけ魅力的である。
  これら狩野派直系近くの作品群以外にも、当時の狩野派にまつわる落款を欠く無名の画家による作品や、狩野派を陰で支えた絵師たちの作品も展示されていた。近世初期の風俗を見事に描いた「洛中洛外図屏風」、武士の風俗を描いた「調馬・厩馬図屏風」、中国や西域から題材をとった「韃靼人狩猟図屏風」、「二十四孝図屏風」、帝王教育に用いられたであろう「帝鑑図屏風」などが展示されていた。
  この特別展覧会の鑑賞のあと、常設展示館にまわったとき、近世絵画のコーナーでは、狩野派の強力なライバルであった長谷川等伯の「波濤図」、狩野元信の重厚・強烈かつ高い品格を現す水墨画「浄瓶腸倒図」、狩野永徳の、華麗でとても美しい色彩絵「花鳥図押絵帖屏風」、やはり永徳の今度は軽快で絶妙で力強い画風の水墨画「仙人高士図屏風」を鑑賞することができた。元信の崇高さすら感じさせる毅然とした上品な画風、等伯の「波濤図」の清々しい斬新さ・力強さ、永徳の硬軟自在の達者さ、を存分に感じることができる。
  狩野派というと、私たちが若いころは、たとえば石川淳や加藤周一などによって、やがてマンネリズムに陥り、日本画の停滞を招いた張本人のように評価されることがあったが、こうして改めて作品群をまとめて鑑賞すると、やはり日本画の歴史を担ってきた巨匠たちであることを再認識できる。
 特別展は、全体で70点くらいの、私が鑑賞するには適当な規模の展示であったが、ひとつひとつの作品の密度が濃いこともあって、鑑賞にたっぶり2時間半以上を費やして、いつものように心地よい疲労感を味わった。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

« 狩野山楽と狩野孝信 京都国立博物館(3) | トップページ | 「ガウディと井上雄彦」展 兵庫県立美術館(1) »

美術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1444830/60321137

この記事へのトラックバック一覧です: 狩野探幽の登場 狩野派展 京都国立博物館(4):

« 狩野山楽と狩野孝信 京都国立博物館(3) | トップページ | 「ガウディと井上雄彦」展 兵庫県立美術館(1) »