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「伊藤若冲と琳派の世界」展 相国寺承天閣美術館(4)

伊藤若冲の世界
「流水に昇鯉図」という作品がある。垂直に見える急流を遡上するかわいらしい鯉を描いた、素朴な感じの小型の絵であるが、その説明がおもしろい。かつて黄河の上流に竜門山という山があり、その山肌を切り開いた「竜門」と呼ばれた三段の急流があった。この急流を登り切った鯉があれば、その鯉は龍になって天に昇る、という言い伝えがあった。「登竜門」ということばは、『後漢書』李膺伝に語られた故事に由来する。李膺は公明正大で知られた宮廷の実力者であった。もし若い官吏の中で彼に才能を認められた者があれば、それはすなわち将来の出世が約束されたということであった。このため彼に選ばれた人のことを、流れの急な龍門という川を登りきった鯉は龍になるという伝説になぞらえて、「竜門に登った」と形容したと伝える。とても狭い門をくぐるに値する、という意味である。
5_2   若冲の絵としては、鶏が有名であり、今回もかなり多数の作品が展示されている。私は同じ鳥でも「立鶴図」がおもしろかった。白い鶴といえば、通常は長い脚とともに、すっきり長い首が描かれる。ところがここでは、大きな楕円のなかに首も胴体も包含され、わずかに顔がその脇から覗く、という斬新かつ大胆な構図である。この大胆な構成こそ、若冲の面目躍如という感じである。
  若冲は、多数の襖絵や障壁画を創作しており、とくに相国寺の塔頭であり足利義光が建てた金閣寺の多数の障壁画を遺しているという。今回もそのうち10点ほどが展示されていた。
  そうしたいわゆる風俗画のほかに、彼は宗教画をも遺しているのである。「釈迦三尊像」は三幅の絵だが、保存状態も良好で、素人の私がみてもとてもすばらしい。他の作品のような軽妙さや遊び感覚はまったくないが、緻密で高度な絵画の技量に加えて、彼の宗教に対する深い尊敬と真摯さが現れ、また別の大きな感銘がある。
  禅の師であった梅荘顕常が賛を書き入れた「竹虎図」「黒梅図」「売茶翁像」なども展示されている。
  私は正直、最近までさほど若冲を知らず好きでもなかった。しかしこうしてまとまった作品群を眺めていると、若冲が知的でユーモアがあり、大胆かつとても幅が広いスケールの大きな、創造性豊かな芸術家であったことを改めて認識した。
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