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「琳派400年記念祭 琳派 京を彩る」展 京都国立博物館(1)

 京都国立博物館に、家人と一緒に琳派展を鑑賞した。「琳派」とは、近世初期の俵屋宗達、近世中期の尾形光琳、そして近世後期の酒井抱一を軸とする一連の装飾的で大胆かつモダンな画風を、後世に名付けたものである。
 私たちが訪れた日は、特別展記念講演として、京都美術工芸大学学長河野元昭さんの講演があり、非常に興味深いお話を聴くこともできた。Photo_2
 わが国の伝統的な絵画としては、近世の狩野派や長谷川派などが代表的と言えるが、そういう大和絵の系譜をひく正統的な画風とは別に、平安時代から静かに発展・普及してきた襖絵など、建築や家具、あるいは工芸に近い領域の装飾的美術が連綿として存在していた。これらは、リアリズムの美には必ずしも近づかず、装飾的で一定程度抽象的でもあった。こうした工芸的・装飾的な伝統の系譜をひく芸術として、江戸時代初期にまず登場したのが、本阿弥光悦と俵屋宗達である。

本阿弥光悦
 本阿弥光悦は、戦国時代末期の永禄期(1560年代) に、京の富裕な刀剣の鑑定、研磨、浄拭(ぬぐい)を商いする家に生まれた。陶芸、漆芸、出版、茶の湯など、当時の富裕な商人たちの嗜みに広範囲に秀で、さらに江戸時代初期に、近衛信尹・松花堂昭乗とともに「寛永の三筆」と称される優れた書家でもあった。この展覧会でも絵図が展示されているが、洛北鷹峯に芸術村(光悦村)を築き、当時の芸術を主導する存在であった。
 光悦の陶芸作品として「黒楽茶碗 雨雲」が展示されている。意図的に少し歪ませた薄赤っぽい茶碗の側面に、おぼろげな黒を配したもので、この「雨雲」という銘そのものは、光悦の銘名ではなぐ、後世が名付けたものであるという。この作品などを制作するにあたり、陶芸家楽家長治郎たちと親しく書状を交わしており、その書状のひとつが展示されている。「白土・赤土をお持ちになって、いそぎおいでいただきたく」などと記されている。Photo_3
 別の工芸作品として「舟橋蒔絵硯箱」が展示されている。金色でドーム状の豪華な木箱で、丁寧な高蒔絵が施されている。
 光悦は、琳派の真の祖であった俵屋宗達と親しかった。宗達の絵の上に光悦が和歌を書いた「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」という絵巻が展示されている。光悦の書は素人の私がみても見事だが、この宗達の見事な絵の上から筆をとる、という光悦の書の力量と勇気には感銘を覚える。両者の卓越した才能が共鳴しあって、華麗でリズミックな快い協奏曲のような雰囲気が感じられる。

Photo_4

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