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「禅」展 京都国立博物館 (1)

「禅」という名の展覧会が京都国立博物館で開催された。私のような宗教に疎い者にとって、「禅」という存在はなんとなく地味で、美術にさほど関係がないかのような印象があった。とりたてて強い興味があったわけではなかったが、家人と一緒に鑑賞した。
  まず驚いたのは、京都、そして鎌倉ほかの国内の諸地方においても、禅宗寺院がいかに多数存在しているか、という事実である。私のとぼしい知識では、禅宗は鎌倉新仏教として入ってきた比較的新しい仏教宗派であって、しかも曹洞宗を除いては末寺が多くないため、日常的に接触の少ない宗派のように思える。しかし京都の妙心寺・大覚寺・東福寺・南禅寺・天龍寺・鹿苑寺(金閣寺)・黄檗寺、鎌倉の建長寺・円覚寺、滋賀県の永源寺、静岡県の方広寺、などなど巨大な、あるいは高名な寺院の多くが禅宗なのである。
 
Photo_2
  まず禅宗の早期の歴史として、中国南宋・元時代や鎌倉・室町時代の達磨、虚堂智愚、慧可、それに続く六祖などの肖像がある。今回展示会のパンフレット表紙を飾った雪舟の絵は、師の達磨に師事を乞う慧可が、自ら腕を切断することで不退転の覚悟を示して入門を許される緊迫した場面を描いたものである。この事件は6世紀ころとされるので、わが国ではまだ奈良時代にも至っていないころである。Photo_3
  禅の始祖とされる達磨については、非常に多数の絵が中国でも日本でも描かれた。今回の展示のひとつのトピックが江戸時代中期の禅僧であり画家であった白隠慧鶴(はくいんえかく)が描く達磨像である。白隠も実に多数の達磨像を残している。現代アートにも通じるような軽妙さ・洒脱さと、厳しい修行への姿勢の双方を見事に表した迫力ある絵である。この人の絵も、断片的に少数を垣間見るだけでは、さほどの感動はなかったが、こうしてまとめて複数の作品をじっくり眺めると、迫力がありとても魅力的な画家であることを再発見する。絵の上に書かれた文字もすばらしい。

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