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舛添要一東京都知事の醜態

  このところ、メディアの話題は舛添要一東京都知事の不正資金疑惑でもちきりである。いかにも変則的で道義的に問題が免れない資金操作である反面、専門家が登場してコメントするには法的責任がなかなか問い得ないという。それでもどうみても道義的・信義的には辞職こそが唯一の選択肢としか思えない。
  自分の政党に所属するわけでないとは言え、都知事選挙で応援にまわった自民党や公明党など現政権与党は、この舛添問題に対するはっきりした態度が問われる。しかしながら、舛添退陣あとの有力候補がなかなか見つからないとか、弱体化した舛添の方がなまじっか主体性のある新知事よりも御しやすい、などなど余計で姑息な政治的判断があり得るとのメディアの論調もある。
  私は、責任与党としては余計なことを慮るのではなく、きっぱりと舛添都知事の疑惑を追求すべきだと考える。政略的に、あるいは党利党略的に舛添問題を放置することこそ、自民党が信任を失う道である。まずは東京都議員の最大会派である自民党都議連が、しっかり舛添疑惑を追求しなければならない。そんなことができないで政権与党が存続する、と考えることは、有権者に対する明白な軽視・侮辱であることを、自民党はしっかり認識しなければならない。
  まあ政治においては、そういう判断しかないと思うが、私の個人的感慨としては、少し別の思い・感想がある。
  舛添要一という人物は、裕福な家庭に生まれたらしいが、父親の病気などで学生時代にはかなり金銭的にも苦労したという。しかし大学に入って以降は優秀さを示し、フランスにも渡航・滞在し、英語・フランス語に優れているという。国際政治学者として早くから期待され、若くして東京大学助教授にもなった。少なくとも知的素質としては並外れた能力があったはずである。そんな人物にして、このたびの醜態はとても腹立たしいあるいは嘆かわしい、という以上に、とてももったいないと思う。優れた頭脳と貴重な時間を、こんな姑息で些細な一時的利益のために無駄に費やしてしまったのである。
  私は、数十年間社会人生活をして、とても頭脳の秀でた人たちや、さほど頭脳に恵まれたわけでない人たちなど、さまざまな多数の人たちと遭遇してきた。さほど鋭い頭脳ではないと思っても、自分の仕事を愛し、没頭し、集中してすばらしい成果を挙げた人がいた。驚くほど冴えわたった頭脳をもちながら、仕事に没頭できないのか、結局人並み以上の成果を挙げ得なかった人もいた。舛添氏は素質に恵まれ学者としての処遇にも恵まれ、さらに前都知事の突然の失脚という幸運で思いがけず都知事に就任できたものの、結局のところ国際政治学者も政治家としての仕事も、実はさほど好きではなく没頭できなかったのかも知れない。実際、舛添氏は都知事として記憶に残るような成果はほとんどない。それにしても、法の隙間を探して些細な金儲けだけを企むような賤しいことだけにその能力を蕩盡してしまった、というのは、他人事ながら惜しいし、それ以上に呆れるのである。
  結局、頭脳の良さということは、大きなチャンスではあっても、それを生かす努力や常識や品性がなければ、なんの役にもたたないこともある、ということであろう。憤り以上に、悲しさや憐れみを感じるような寂しい事件だと思う。

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