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墓田桂『難民問題』中公新書、2016

  IS問題などをはじめとして、ここ数年なにかと話題になっている難民問題について、ネットの書籍紹介の記事を参考にこの本を選んで読んでみた。
  著者の墓田桂氏は、フランスの国立ナンシー第二大学で学位を取得した成蹊大学教授で、2013年から法務省の難民審査参与員を2年間勤め、また難民の現場をなんども実地検証した経験をもつ専門的な学者である。
  この本の特徴は著者が、難民問題をひとごととして考えてきた学者や評論家とは異なり、難民問題の実情を自分が直接かかわる問題として見つめ考えてきた立場であったこと、フランスに学んだことを含め国際的な視点で問題を捉えていること、その結果難民問題のとらえ方が非常に地に足がついた現実的なことである。著者は、難民保護の安易な理想論に対して、「難民保護の限界」をしっかり考え把握することの重要性をなんども説いている。
 ごく普通の人間の自然な感情として、「人権」・「人道」尊重の崇高で美しい思想からみても、困っている難民をなんとか救済すべきだという主張は、否定しがたい強い力がある。2015年9月トルコのギリシアに対面するフェネーの海岸にクルド系シリア人の3歳の少年の遺体が打ち寄せられ、その悲惨な写真が世界中に拡散され、ドイツのメルケル首相が制限を設けない難民の受け入れを表明し、「慈悲深い母」として世界中から賞賛された。日本でも、朝日・毎日新聞をはじめとする多くのメディアや人権派あるいはリベラルを自称する人たちが熱心に賞賛していたことは記憶に新しい。
 しかし著者は冷静に以後の経過を丁寧に追って、メルケル首相の対応は理想を追い夢を追い、結局行き詰まって破綻している厳しい現実を冷徹に指摘する。メルケル首相だけではなく、EUを推進した人たちは総じて、現在EUそのものの厳しい動揺を体験している。
 難民受け入れは、難民認定審査のための膨大な時間と人的負荷、難民支援の経済的負荷、受け入れた難民への職業の付与、受け入れた難民の受け入れ国への同化への支援、就職から洩れた人たちへの生活保護、などなど非常に大きな経済的・時間的・労力的負担が必要となる。生活文化が異なる人たちが入ってくることによる住民同志の軋轢や、周辺住民のストレスが発生するなど社会的負担がある。さらに、最近ヨーロッパで実際に発生しているように、テロや犯罪を引き起こす人たちを国内に引き入れる可能性がいなめない。まさに国家としての安全保障に直接関わる深刻な問題が発生するのである。沖縄米軍基地の米兵でさえ受け入れたくないような人たちには、到底受け入れることは不可能だろう。長期的には、政治の複雑化・不安定化、さらには人口構成・民族・文化構造の変容まで起こりうるのである。
 メルケル首相を賞賛した人たちは一方で、朝日新聞・毎日新聞などのメディアとともに、日本の安倍首相の難民問題に対する態度を強く批難した。元国連難民高等弁務官の緒方貞子氏も「リスクなしに良いことなんてできない」「難民の受け入れこそが積極的平和主義だ」と朝日新聞記者のインタビューに発言した。しかし著者は、現在の日本の慎重な態度こそが、難民救済の限界を弁えた妥当な判断である、とする。
 私自身も、難民問題についてはわが国がいささか消極的すぎる、慎重すぎるのではないか、と思っていたが、この本が説く難民受け入れによるヨーロッパの深刻な実情をみると、考えがより慎重になった。無責任なメディアや人権論者たちだけでなく、一部の保守系の人たちのなかにもたとえば竹中平蔵氏のように、経済振興のために外国人労働者を導入すべきとする人たちがいる。しかし著者がいうように、人材不足のときに受け入れた人たちを、不況や経済構造転換がおこって不要だから送り返すというわけにはいかない。一度入ってきた人たちは、当然家族が増えるし、また家族・親戚を呼び入れるのは自然な成り行きである。安易な外国人労働者導入は、難民受け入れと同様に、きわめて慎重に考えるべき問題である。
 難民問題に対して、受け入れをより積極化すべきと主張したり、メルケル首相を賞賛したい人たちには、是非一読していただきたい本である。

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コメント

こんばんは。

 これまた非常に興味深い記事ですね。とかく日本のメディアは「難民保護の安易な理想論」一色でウンザリします。河北新報の読者コーナーにも、「日本は難民を受け入れるべきだ」という投稿が載りました。ならば、貴女の家で世話しなさい、と言いたくなりますよ。緒方貞子センセイですが、センセイの家で難民を住ませているのでしょうか?

「沖縄米軍基地の米兵でさえ受け入れたくないような人たちには、到底受け入れることは不可能だろう」の一文には笑えました。ご高説を垂れるメディア関係者が、自宅を難民に提供した事例は聞いたことがない。中東の大国サウジなど全く受け入れないではありませんか。広大な国土を誇る中露も同じです。

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