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2016年12月

足立美術館 島根県安来市(6)

日本庭園(上)
 さて、この美術館の最大の特徴である広大な庭園である。美術館に入ると冒頭にガラス貼りの回廊があり、ガラス越しに「枯山水庭」が見える。ようやく秋めいてきた青空の下に、快晴の陽光に輝く鮮やかな緑がまぶしい。ひとめ見て、庭の手入れ・樹木の手入れが完璧であることがわかる。Photo
 少し進むと、回廊の左手に「寿立庵」という名の少し大きめの茶室があり、その周囲がこれまた独立の枯山水庭園となっている。この茶室は、京都の桂離宮の茶室「松琴亭」のイメージを写して、京都から雇い入れた工匠によって建てられたという。昭和56年(1981)、裏千家家元千宗室夫妻を招き茶室開きを行った。「寿立庵」の名は、家元の命名によるが、足立美術館の館名から「立」の文字をとったという。
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足立美術館 島根県安来市(5)

横山大観のコレクション
 そしてこの美術館のひとつの目玉が、130点にのぼる横山大観のコレクションである。今回も、約20点の横山大観の作品が展示されていた。Photo
  最初に登場するのが「無我」(1897) である。禅の悟りの境地を、純朴な童子の姿に託した作品とされている。童子は、少し大きすぎる寸法の着物をざっくりと着て、河原に佇む。すぐに美しさを感じるような絵ではないが、ゆっくり眺めていると、尽きないあじわいというか、魅力がある。横山大観の代表作のひとつだそうである。
  今回展示されているなかで、もっとも華やかな作品が「紅葉」(1931) である。白金泥で描かれた漣、清新な群青の流水、その上に真紅の紅葉が華やかに輝いている。秋の清冽な空気感が大画面に溢れている。今回の展示のなかでも、もっとも豪華絢爛な印象の絵である。
  そして今回、私がもっとも心をひかれたのが「雨霽る(あめはる)」(1940) であった。黒い険しい表情の山肌が、白い雲か霞に覆われている。この白色は、おそらく白地の紙の地色を生かしたものだと思うが、実に巧みに、上品で美しく描かれている。墨の色は、絵に描かれると多彩で、色調はときに10ほどにも及ぶと言われているが、まさに妙味である。
  他にも、町田哲「夕べ」(1934) などは、夏の夕方の空気感、これから恋人に会いにいくときの華やいで気ぜわしい風情の若い女性の心理までも、美しく描き出された良い絵だと思う。
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ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』書籍工房早山

   ナショナリズムについて考える場合やはりこの書物は欠かせないと、いくつかの本で述べられていたので、私も読んでみることにした。
  ベネディクト・アンダーソンは「言語と伝説(神話)を共有することから民族がはじまりナショナリズムがはじまる」という漠然とした、しかし多くの人々に広く受け入れられ普及しているナショナリズムのイメージを覆すことを目的に、ナショナリズムの生成要因を多面的かつ緻密に追求している。
  ナショナリズムの淵源には、言語や伝説には限らないものの、やはり「共有」「共感」が必要である。その態様を説明するため、著者は同じ宗教を共有するが言語も肌の色も文化も異なる人たちの出会いにおける共感を説く。その場合、聖典という共通言語と共通の教義、その教義にしたがう自分たちの行動の共通性が軸である。また神を権力の淵源と主張するかつての王国が、支配地域を束ねる力を説明する。普通の人間から隔絶された存在が神の摂理によって支配する、そのもとに人民たちが自然に組織される、という信仰が被支配者側にもある(あった)。
 そして、見知らぬ者同志を共感させる物語があり、印刷技術によってそれが多数の人々に共有されることが「想像の共同体」を形成し育成し維持する大きな力となる。物語の本や、たった一日で消費される文章としての新聞が、つまり印刷出版の普及が重要な役割を演ずる。物語を読んだり、新聞を読んだりするために、共通の言語が必要となるが、かつて王たちは行政の中央集権化のために必要な手段として、特定の俗語を普及させる努力をした。これが結果として想像の共同体を育成する要因となった。
 この著者は、ナショナリズム生成の重要な例として、アメリカ大陸のクレオール、つまりヨーロッパから移入して社会的に、ときには血縁的にも現地に溶け込んだ人々のナショナリズムをとりあげていることが大きな特徴である。クレオールたちは、文化的にも言語的にも、さらには教育水準においても植民地支配国たる本国と大きく変わることがない場合でも、本国から官僚としての任用範囲・昇進の上限などで決定的な差別を受ける。この差別がクレオールたちの中に差別された者同志としての意識を共有させ、共同体の想像がはじまる、というのである。これは言語では多様なインドシナやスイスでも発生して、言語だけで説明できないナショナリズムの重要な育成要因となる。
 かつて世界を広範囲に支配し分割した「帝国」は、支配のために特定の俗語を普及させ、支配の継続・安定化を目指して「国民」意識を上から与えた。著者はこれを「公定ナショナリズム」と定義し、「国民と王朝帝国の意図的合同=溶接」であるという。
 第一次世界大戦でそれまで世界を分割・支配していた4つの大帝国、ハプスブルク、ホーエン・ツォレルン、ロマノフ、オスマンの王家はすべて消滅した。そのあとには国民国家が正統的な国際規範となった。交通機関の発達により、人々はモビリティーが著しく向上した。国家の統治には統治機構・官僚機構が必要で、そのためにも言語の普及、教育の拡大が行われた。そうして育成されたインテリゲンチャたちは、先鋭なナショナリストとして成長していく。
 かつて帝国が、自らが支配する対象たる各地域に対して、人民を把握するための人口調査を行い、それぞれの人々を把握して政治的に分類したこと、統治する地域を明確に地図の上に「国境線」として排他的に定義したこと、そして統治する地域に対する知識を得るためにその地域の文化を調べ博物館に整理したこと、それらの活動がすべて結果としてナショナリズムの育成と普及に大きく貢献することとなった。人口調査によって帰属を定義された人々は、自分のアイデンティティーを与えられ、地図によって排他的領域としての自分の居場所を意識するようになり、博物館によって自分たちの歴史を含めた文化的・社会的特徴あるいは属性を確認し意識しなおすことになったのである。
 この本の議論は、ヨーロッパ中心主義に陥らず、アメリカ、アジア、アフリカなど多様な地域を対象とし、さらに大国だけでなく小さな国家をもきちんと考察するところに大きな特徴がある。
 かなり多様で複雑な議論であるが、著者の明晰な論理展開と叙述によって、わかりやすい書物となっていると評価できる。ナショナリズムの発生・成長の要因とメカニズムが詳細に示されていて、ナショナリズムを考える上でやはり欠かせない良書と言えるだろう。
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墓田桂『難民問題』中公新書、2016

  IS問題などをはじめとして、ここ数年なにかと話題になっている難民問題について、ネットの書籍紹介の記事を参考にこの本を選んで読んでみた。
  著者の墓田桂氏は、フランスの国立ナンシー第二大学で学位を取得した成蹊大学教授で、2013年から法務省の難民審査参与員を2年間勤め、また難民の現場をなんども実地検証した経験をもつ専門的な学者である。
  この本の特徴は著者が、難民問題をひとごととして考えてきた学者や評論家とは異なり、難民問題の実情を自分が直接かかわる問題として見つめ考えてきた立場であったこと、フランスに学んだことを含め国際的な視点で問題を捉えていること、その結果難民問題のとらえ方が非常に地に足がついた現実的なことである。著者は、難民保護の安易な理想論に対して、「難民保護の限界」をしっかり考え把握することの重要性をなんども説いている。
 ごく普通の人間の自然な感情として、「人権」・「人道」尊重の崇高で美しい思想からみても、困っている難民をなんとか救済すべきだという主張は、否定しがたい強い力がある。2015年9月トルコのギリシアに対面するフェネーの海岸にクルド系シリア人の3歳の少年の遺体が打ち寄せられ、その悲惨な写真が世界中に拡散され、ドイツのメルケル首相が制限を設けない難民の受け入れを表明し、「慈悲深い母」として世界中から賞賛された。日本でも、朝日・毎日新聞をはじめとする多くのメディアや人権派あるいはリベラルを自称する人たちが熱心に賞賛していたことは記憶に新しい。
 しかし著者は冷静に以後の経過を丁寧に追って、メルケル首相の対応は理想を追い夢を追い、結局行き詰まって破綻している厳しい現実を冷徹に指摘する。メルケル首相だけではなく、EUを推進した人たちは総じて、現在EUそのものの厳しい動揺を体験している。
 難民受け入れは、難民認定審査のための膨大な時間と人的負荷、難民支援の経済的負荷、受け入れた難民への職業の付与、受け入れた難民の受け入れ国への同化への支援、就職から洩れた人たちへの生活保護、などなど非常に大きな経済的・時間的・労力的負担が必要となる。生活文化が異なる人たちが入ってくることによる住民同志の軋轢や、周辺住民のストレスが発生するなど社会的負担がある。さらに、最近ヨーロッパで実際に発生しているように、テロや犯罪を引き起こす人たちを国内に引き入れる可能性がいなめない。まさに国家としての安全保障に直接関わる深刻な問題が発生するのである。沖縄米軍基地の米兵でさえ受け入れたくないような人たちには、到底受け入れることは不可能だろう。長期的には、政治の複雑化・不安定化、さらには人口構成・民族・文化構造の変容まで起こりうるのである。
 メルケル首相を賞賛した人たちは一方で、朝日新聞・毎日新聞などのメディアとともに、日本の安倍首相の難民問題に対する態度を強く批難した。元国連難民高等弁務官の緒方貞子氏も「リスクなしに良いことなんてできない」「難民の受け入れこそが積極的平和主義だ」と朝日新聞記者のインタビューに発言した。しかし著者は、現在の日本の慎重な態度こそが、難民救済の限界を弁えた妥当な判断である、とする。
 私自身も、難民問題についてはわが国がいささか消極的すぎる、慎重すぎるのではないか、と思っていたが、この本が説く難民受け入れによるヨーロッパの深刻な実情をみると、考えがより慎重になった。無責任なメディアや人権論者たちだけでなく、一部の保守系の人たちのなかにもたとえば竹中平蔵氏のように、経済振興のために外国人労働者を導入すべきとする人たちがいる。しかし著者がいうように、人材不足のときに受け入れた人たちを、不況や経済構造転換がおこって不要だから送り返すというわけにはいかない。一度入ってきた人たちは、当然家族が増えるし、また家族・親戚を呼び入れるのは自然な成り行きである。安易な外国人労働者導入は、難民受け入れと同様に、きわめて慎重に考えるべき問題である。
 難民問題に対して、受け入れをより積極化すべきと主張したり、メルケル首相を賞賛したい人たちには、是非一読していただきたい本である。

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岡本裕一朗『いま世界の哲学者が考えていること』ダイヤモンド社、2016.9

  一月あまり前に購入したキンドルは、ちいさな体積かつ軽量で大量の本を携帯でき、バックライトもあって薄暗いところでも読書ができ、とても便利なことはわかったものの、私が読みたい本のkindle版の提供がきわめて少なく、新たに購入しようにも買うものがなかった。そんな中で偶然知った本がこれであった。さほど期待したわけではなかったが、ともかくキンドルで読むものが欲しいというのが優先したのが実情である。
  さて、読んでみると、いくつか良い点があった。まず、哲学にさほど予備知識がない我々に配慮されているらしく、用語も平易なものに限られ、文章も読みやすく書かれている。おかげでごく短時間に読み終えることができた。著者が対象について考える姿勢も、じゅんぶん真摯なことがわかる。第一印象としては、好感がもてる。
  その反面で気づいた問題点、欠点について書く。
第1章「世界の哲学者は今、何を考えているのか」は、哲学に予備知識がない読者のために、現代の哲学の状況を平易に概説しようとしたものである。たしかにごくごく限られた紙面としては、かなり健闘しているとは言える。しかしながら、やはり現代哲学のごく一部をごく端折って説明したにすぎない。たとえば、この本より半年ほど前に出た船木亨『現代思想史入門』ちくま新書 が、少し厚い550ページとはいえ目的にてらしたら不十分な紙面を用いながら丁寧に現代思想を説明しているのに比べると、その簡略さ、粗雑さが際立ってしまう。この章は、むしろ省いてもよかったのかもしれない。
  以後第2章から、いわば本題としての各論に入る。第2章「IT革命は人類に何をもたらすのか」は、技術者としてこの分野に相対的には詳しい私からみると、いささか表面的すぎ軽すぎる論述である。私としては、技術的効能・功罪でなく人間の意識・知性・感情など、技術者などこの分野に詳しい人たちが不得手とするような切り口から、もっと鋭く説いて欲しかった。
 第3章「バイオテクノロジーは「人間」をどこに導くのか」についても、あまりに一般的あるいは表面的な論考に終始しており、われわれ市井の平凡な人間たちがほんとうに悩む問題についての論考がない。たとえば現在世界で、とくに日本で、DNA技術を導入した食品の採用あるいは規制について大きな議論がある。たとえ安全性がかなりの範囲で実証されても、人間の感情はなかなか受け入れがたいということがある。食品を工学的に創生することも、現時点ではほとんど不可能である。食品の安全性は、有史以前からの経験的な安全性確認の膨大な蓄積にうえに立っている。このような安易に論じにくい問題を含むのがバイオテクノロジーであって、そういう困難で深刻な側面から目をそらしている限り「ひとごと」の安穏で無責任な議論に終わってしまう。
 第4章「資本主義は21世紀でも通用するのか」については、著者は経済活動の目的を問い直すことで、ありがちな安易な資本主義批判に陥ることは免れているが、本人も触れているように、結局どうすべきなのかについての主張はない。そのため、毒にも薬にもならない「お話」に終わっている。
 第5章「人類が宗教を捨てることはありえないのか」についても、「ひとごと」的な文芸批評あるいは文化批評にとどまっている。この問題については、著者が自分自身の宗教的立場を明確に示したうえで論じない限り、読者は信用できないし意味がないのである。
 第6章「人類は地球を守らなくてはいけないのか」について、「有識者」にありがちな単純な環境保護の主張に陥らないのは評価できるが、その一方で「世界的権威の集合が言うことだから傾聽すべきである」などと言われると、興ざめしてしまう。私は、貴方の考えを聴きたいのである。
 著者は、ものを考えるとき対象から距離をおいて多面的に考えることが重要だという。それはそのとおりだと思う。しかし、この本でも明らかとなっているが、ああ言う意見もあるし、こう言う人もいる、と連ねるだけでは無責任な評論家と同じに見える。いろいろな主張をできるだけ紹介していただくことはとてもありがたいが、読者の見識をもっと信頼して、「自分はこういう立場で、こういう主張である」ということを明確に述べていただきたい。もちろん読む側としては、賛同できたり、同意しかねたりするだろうが、明確な主張をぶつけられてこそ、読み手側も思考が刺激されるのである。
 著者は、文学部廃止論などにも反応してこの本を書いたという。私は、文学部廃止などという粗雑な考えには反対する立場の理科系出身者であるが、学問的成果にもとづく主張を明確にできなくては、大学や学部の存続以前に学問自体の存在意義が説明できないだろう。哲学者ももっと自信をもって研究を進め、自信をもって堂々と主張していただきたい。私たち平凡な一般人も、哲学を必要としている。

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足立美術館 島根県安来市(4)

日本画展示(下)「
Photo  女流画家として大成した上村松園の「娘深雪」(1914)が展示されている。「朝顔日記」という小説のヒロイン深雪を描いたものだという。深雪は一人きりのひととき、恋人からもらった扇に見入って恋人のことを考えていた。ふと人の気配を感じ、あわてて扇を袂に隠して振り向いたところである。深雪のうぶで可憐な姿の瞬間をとらえた名作である。少し赤みがさした表情の恋する女性の若々しい美しさを遺憾なく表現している。これほどきれいで生き生きした女性を描ききるのが上村松園の本領である。
 橋本関雪「唐犬図」(1937) は、ロシア犬のボルゾイとグレイハウンドというともに西洋の犬だが、絵のタイトルは唐犬となっている。「唐犬」とは、ここでは舶来の犬のことであると説明があったので納得した。いずれも大型犬だが、どっしりと迫力ある描写である。
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 川合玉堂「春雨」(1942) は、美しい静かな山中の景観である。背景には春雨にけむる山桜花があり、雨にぬれる樹木や若葉がしっとり瑞々しい気配をつくっている。画面中央には水車があり、小路を歩く農婦の姿から、自然の中にひっそり暮らす人々の生活の匂いが感じられる。
 川端龍子「愛染」(1944) は、鮮烈な印象を放つ絵である。画面は池の水面で、その大部分を覆う真紅の紅葉は、装飾的であり、華麗であるが、その上に二羽の鴛鴦を配置することで妖艶となっている。愛し合う二羽の鴛鴦が、互いに強く意識しながら見つめ合い近づいては離れる。そして、些細なようだが画面右下の紅葉のない青い水面が生きている。川端龍子は、最初は西洋画を学んでいたが、アメリカに留学したときそこで知った日本画の魅力にとりつかれて、また日本人として西洋画を描くことにある種の限界を感じて日本画に転向したという。そのような背景もあってか、この人の絵は伝統的な日本画とは少し異なり、つねに斬新な思い切った表現を随所に導入している。
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足立美術館 島根県安来市(3)

日本画展示(上)
 足立全康氏は、専ら日本画を収集した。そのコレクションはわが国を代表する画家の多くをカバーする壮大なものである。Photo
 安田靫彦の作品が2点ほど展示されている。代表作のひとつ「王昭君」(1947) がある。他の展示作品と比べて比較的小さな絵画だが、描かれた王昭君姫の気の強そうなきりりとした表情は、観る者を惹きつけ眺めていて飽きない魅力がある。王は匈奴に引き渡す姫を選ぶため肖像画を画家に描かせたが、他の姫たちとちがって画家に賄賂を渡さなかった王昭君は醜く描かれてしまい、王から匈奴に捧げる姫に選ばれてしまった。あとで王昭君を見た王は、その美しさに悔やんだというエピソードの作品である。嫁入りの姿となった姫の潔い凛とした表情がとてもよい。この画家の上品な作風が現れている。
 竹内栖鳳の作品をいくつか展示されている。爐邊(1935)はかわいい絵である。寒い季節に犬が2匹、ご主人に湯浴みをしてもらう場面である。ストーブの近くにいる2匹のうち、後ろ側の黒のぶちの犬は、ちょうど湯浴みを終えたばかりで、毛がまだ濡れている。手前の茶のぶちの犬は、早く自分も湯浴みをしてほしいと甘えたような表情である。この作品が発表された当時、まだ毛が濡れている犬の表現が高く評価されたという。竹内栖鳳の絵はいずれも完成度が高く、観ていて安心感があり、ゆっくりと楽しめる雰囲気がある。
Photo_2  この美術館の展示作品としては、榊原紫峰の作品数が多い。じっくり丁寧に描く作風で、堅実さが感じられる画家である。この画家の若いころの作品「青梅」(1918)が少しユニークでおもしろい。画面構成は日本画風、あるいは中国画風であるが、描かれた樹木などの表現は立体的で西洋画の表現方法に近い。バルビゾン派の影響を受けたのか、とも思ってしまうような少し不思議な印象の絵である。
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足立美術館 島根県安来市(2)

足立美術館と足立全康(下)
40歳のとき、3人目の妻を娶る。戦争のなか店をたたみ、安来に帰郷して陸海軍向けに「出雲刀剣株式会社」を、また「たまはがね製鉄会社」を設立した。
  終戦後は繊維会社を再び大阪に設立し、懸命に働いていたが、そのなかで、心斎橋の骨董屋で横山大観の「蓬莱山」を見て深く感動する。ほとんど毎日この店に通いつめ、じっと眺める日が続いたという。きっと自分もこの絵を買い取ってやる、と決心したという。
  繊維、外車販売、さらに自動車販売などに手を広げ、1953年54歳のとき、大同生命保険株式会社と共同出資で「新大阪土地株式会社」を設立し、不動産業界に参入した。
  そして58歳のとき、念願の横山大観「杜鵑」を購入した。はじめての大観作品の購入であった。やがて不動産事業が成功し、東海道新幹線の新大阪近辺の土地で大きな利益を得る。そして倉庫業にも事業展開する。Photo
  1968年、宿願の美術館設立のプランについて、安来市長に申し入れし、庭園造りに着手した。こうして順調に運んだ中、1970年に妻が亡くなってしまった。しかしこの年、足立美術館が竣工・開館した。以後、美術館の拡張・充実を進め、アメリカでは日本庭園専門雑誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』が行っている日本庭園ランキング(Shiosai Ranking)で、初回の2003年から2015年まで13年連続で庭園日本一に選出された。
  足立全康氏は、これほどの立派な美術館を独力で創建した人物であるが、巨大な企業を創設して全国的な規模で大成功したような人物ではなく、いわば町工場あるいは街の商店の親父の少し規模の大きいような人である。しかし幼少期から絵や美術に深い興味と感性を持ち、人生を賭けて世界的な美術館を創建した偉人である。
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足立美術館 島根県安来市 (1)

足立美術館と足立全康(上)
  島根県の最東部にある足立美術館は、130点におよぶ横山大観のコレクションと、世界的に有名な美しい日本庭園が有名である。Photo
  この足立美術館は、創立者足立全康が71歳のとき、昭和45年(1970) に設立された。
  足立全康は、明治32年(1899) この美術館が建っているこの地に生れた。幼少期は、絵が大好きで身体は丈夫だが、姉妹がいずれも成績優秀なのに彼だけは劣等生だったという。11歳のとき、近くの雲樹寺という寺院の庭園を見て感動し、庭園への興味を覚えたという。尋常小学校を卒業すると、父親は高等へ進学したらどうかと言ってくれたのに、本人は農業を継ぐことを希望して働き始めた。15歳から農業に勤しむかたわら、大八車で12俵の炭を11キロ運んで運賃を稼いだ。しかし運賃だけでは儲けが少ないと、自分で炭を売ることをはじめ、商売に目覚める。炭を運んで売り払ったあとの帰り路に、大八車が空きであることに気づき、赤貝を積んで帰って、近所の店に卸したら利益が膨らんだ。こうして彼は商売の妙味に興味を持つようになった。商売になるものをいろいろ考えることが楽しみとなったという。
  16歳のときには、人をやとって炭を運ばせ、商売を拡大した。こうして人を使って大金を得ることまで覚えた。18歳のとき、祖父の姪であった人と結婚させられ、仲むつまじかったのに、わずか3カ月で無理やり別れさせられるという経験をした。20歳のとき、徴兵検査で甲種合格を得て、松江の歩兵連隊に入隊し、まじめに軍隊生活を送って表彰されたという。昇進して、村で初めての上等兵となって、努力すれば報われることを知った。
  除隊の後、大阪へ出て炭とタドンを扱う会社に勤め、懸命に働いて成績のよい売り手となった。さらにタドンの製造方法まで習って、独立して製造・販売の事業をはじめた。
  タドン屋は成功し、帰郷して23歳で結婚した。故郷で「山陰タドン合資会社」を設立したが、地元では思うように事業が拡大せず、米の仲買に転じる。さらによろず屋にも手を広げる。しかし商売の規模を広げすぎて、よろず屋に失敗する。24歳のことであった。
  仕入れの便を考え大阪に出て、バッタ屋とかかわりをつけ、倒産した会社や金策に困っている会社から品物を割安で入手し、それを田舎の小売店に卸すことを始めた。こうして大阪と郷里を行き来して稼いだ。28歳のときには、商売が軌道に乗り、米子の一等地に進出できた。「山陰地方繊維卸商」をつくり、安売りをモットーに大繁盛を達成した。その一方、34歳のとき妻が死んだ。大阪に出て、ここでも繊維卸商を始めた。こうして大阪と米子を往復して懸命に働いた。

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民進党は「日本死ね党」に改名したら!?

つるの剛士さん「保育園落ちた日本死ね、が流行語大賞なんて…」
Photo  タレントのつるの剛士さん(41)が自身のツイッター上で、「保育園落ちた日本死ね」の流行語大賞トップテン入りに「とても悲しい気持ちになった」と投稿し、議論になっている。
 つるのさんは2日、「『保育園落ちた日本死ね』が流行語。しかもこんな汚い言葉に国会議員が満面の笑みで登壇、授与って。なんだか日本人としても親としても僕はとても悲しい気持ちになりました。きっともっと選ばれるべき言葉や、神ってる流行あったよね。皆さんは如何ですか?」(原文のまま)とツイートした。
 1日に「2016ユーキャン新語・流行語大賞」が発表となり、トップテンに「日本死ね」が入っていた。都内で開かれた授賞式には、国会でこの問題を追及した民進党の山尾志桜里衆院議員(42)が満面の笑みで登場。表彰され「年の締めにもう1度スポットライトが当たり、うれしい」と喜んだ。(産経新聞ウエブ版2016.12.2)

  授賞式に登壇した山尾とか言う民進党議員と異なり、つるの剛士さんはごく健全な正常な感覚を持っているな、と思った。昨年の安全保障関連法案、今年の年金改正関連法案、憲法審査会、そしてTPP法案への対応の酷さ・お粗末さ・稚拙さを見るにつけ、この病んだ政党には将来を期待できないと思っていた。そしてこの議員の信じがたいような破廉恥な行状を見て、心底呆れてしまった。たしかに民進党は、日本がよりよくなる方向のことはまったく目指していないようだ。それほど「日本死ね」がお気に入りなら、民進党は再び党名変更をして「日本死ね党」と名乗るのがふさわしいのではないか、とふと感じた次第。以上

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松方コレクション展 神戸市立博物館 (5)

20世紀絵画の展開
  パブロ・ピカソ「読書する婦人」(1920) がある。この作品を描くまえ、ピカソはルノワールの絵に感銘を受け、その影響でこの絵の女性の手や足が異常に大きく描かれるようになったと説明がある。たしかにこの絵では、ピカソにしては分解もデフォルメも少なく、とても端正だったであろう女性の容貌が美しく描かれている。Photo
  ウォルター・リチャード・シッカート「炉辺の女」は印象の強い作品だ。貧しい身なりの女性が、炉のそばで画面右上を憔悴しきったような表情で見上げている。絶望的な表情にも見えるが、唇だけがいささか異様に赤い。この唇の色がほのかな希望を暗示するようにも思える。不思議な魅力ある絵である。
 ウィリアム・キラー・オーチャードスンという画家の「ささやき」という作品もおもしろい。舞台のシーンのような構成で、登場人物の心理を象徴的に表現する。ジョージ・フレデリック・ワッツ「愛の力」は、古典的な雰囲気をもつ寓意的な作品である。嵐の海に遭難に瀕した男女が懸命に小舟を操っている。自然の猛威の前に人間の力は儚いのだが、この二人の愛の力が敢然と困難に立ち向かう。画面の隅にかすかに見える青空が小さくも確実な希望を象徴している。
 シャイム・スーティンは、ロシアに生れてフランスに渡り、フランスで活動したユダヤ系の画家である。マルク・シャガール、フェルナン・レジェ、アメディオ・モディリアニ、さらには藤田嗣治などと親交があったが、野性児のような特異な行動がめだつ人物であったという。Photo_2
  展示されている「つるされた鶏」(1925)は、ドイツ表現主義の影響を強く感じさせるような作風の絵である。
 神戸市立博物館の今回の展覧会では、160点もの作品が展示され、会場もずいぶん混雑して、鑑賞にはかなり疲れた。それでもとても充実したひとときであった。今から百年近くも以前に、まだ日本が西欧からは後進国としか認識されていないころに、こうして多数の、しかも名作とされる西欧美術品を、莫大な私財を投じて収集した松方幸次郎という人物に、あらためて興味をかきたてられた。

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