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池内恵『現代アラブの社会思想』講談社現代新書

  わが国ではイスラム教の宗教や文化について、なかなか良い情報が得られないが、そのなかで冷静かつ説得的な論評をメディアに発している池内恵氏の書を少し学んでみることにした。2001年末ころの脱稿で、9.11事件直後の情勢を背景に論じられたものである。
  イスラム教が主要な宗教となっているアラブ世界にとって、最大の画期となったのは1967年6月の第三次中東戦争(六日間戦争)でアラブ側がイスラエルに完敗したことであった。これによりそれまでアラブ世界の統合を主張して期待の星であったナセルの威信がゆらぎ、1970年のナセルの死によって、アラブ世界の希望・アラブの夢が喪失した。
  このあと急速に勢力を伸ばしたのが急進的なマルクス主義であり、シリアのヤースィーン・ハーフィズとサーディク・ジャラールはシリアの民族主義政党バース党やエジプトのナセル政権がプチ・ブルジョアに染まった政権であったがためにイスラエルに敗戦したと主張した。マフムード・フサインは「絶えざる人民の蜂起」を唱え、もしエジプトに人民勢力の政権ありせば、決してイスラエルに負けることはなかったと主張してマルクス主義の普及を図った。マルクス主義革命の敵を、イスラエルとそれに染められたアメリカと設定し、中国の文化大革命、ベトナム戦争のベトナム共産党を賞賛した。彼は、急進的マルクス主義とアラブ民族主義とを革命の二本柱とした。1967年からしばらくの間は世界的にも学生運動が高揚し、1968年5月にはフランス・パリで五月革命事件も発生した。マルクス主義の伸長と普及には、当時の世界情勢も加勢した。
  しかし、五月革命を経て、ついに1990年代以降はマルクス主義への期待もできなくなり、イスラム主義は、絶望的な迷路に陥ってしまうことになる。
  イスラム教は、コーランの記述が基本であるが、そこには革命の具体的手続きは記されていない。このためアラブ世界では、「イスラーム的解決」論として、解決をもたらすための方策ではなく、「既に問題が解決した状態」を描写することが重視され、そこにみちびく道筋については、驚くべき水準の楽観論が支配するようになった。このことが現実問題へのイスラームの対応において、きわめて悲惨な結果をもたらすことになる。
  イスラム主義は、その理想の世界実現に向かって運動を力説するが、それは①現状にたいする強い不満と批判をもたらし、パレスチナ問題のイスラエルやアメリカとの和平に徹底して反対する、②スーダンでは軍事クーデターで政権掌握を達成して急進的なイスラム主義改革を断行するが、激しい内戦を引き起し、現在にいたるまで悲惨な殺戮が繰り返されている、など成功しない政権担当勢力としての活動、③外敵への抵抗勢力として、イスラム主義を唱えたジハード、自爆テロなどを実行する、などをもたらしている。
  後半では、イスラム主義が考える「終末論」について、ユダヤ教にはじまる詳細な展開が説明される。さらにイスラムの指導者や教徒たちが、コーラン、ダニエル書、ハディース集などの記述を、現在の政治・社会情勢に結びつけ、さまざまな陰謀論が喧伝されていることを解説している。
  私は、東南アジアで実際に仕事をし、イスラム教徒の人口としてはむしろアラブよりはるかに多いインドネシア、バングラディシュ、パキスタン、マレーシアなどのイスラム教徒の人たちと交わる機会があった。そして、何故中東でのみイスラム教徒がかくも過激になるのか理解しかねていたが、この書によりかなり理解できるようになった。
 イスラム教徒がなぜ無宗教を宣言するマルクス主義に親しく接近したのか、いささか疑問であった。しかしこの本によると、イスラム教とマルクス主義に少なからず類似点もあるように思った。「イスラーム的解決論としては、解決をもたらすための方策ではなく、既に問題が解決した状態を描写することが重視される」というイスラム教の実態は、マルクスもやはり具体的な共産主義社会への移行手続きについてほとんど述べていなかったという事実と似通っている。ただ、マルクス主義は一応「経済の段階的発展説」を提示して、実現性は反証されてしまったものの、ひとまず道筋らしきものを述べていた。イスラム教のように、ほとんど無いよりは相対的にはマシだったかも知れない。さらに敢えて言及するなら、マルクス主義もイスラム教も、いずれも「問題が解決した状態」であるべき「理想的な状態」ですら、さほど鮮明に説得的に提示できていなかったのではないか、とも思う。いずれにしても、具体性の乏しい夢想的な楽観にもとづく運動は、イスラム教もマルクス主義も、悲惨な結果を招くことを歴史的に実証している。
  まあともかく、新書として簡潔に明晰な解説がされていて、とても良い書であると思う。

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コメント

こんばんは。

 貴方もついにこの書を読まれましたか。これは池内氏(1973年生まれ)の処女作で、執筆時には30歳前という若さ。私もそれなりにイスラム関連本を読んでいますが、氏のような論説は初めて見ました。残念ながら池内氏は日本のイスラム研究学界では反主流派で、氏をネオコン支持者等の的外れな中傷をするイスラム学者もいます。そんな者のコラムが河北新報に載り、池内氏は完全に無視されているのです。

 未だに日本のメディアでは、「イスラムに偏見を持つな」「イスラムに対する正しい理解を」のお題目ばかり。しかし、“正しい理解”とはムスリムの主張を全面的に受け入れることではありません。彼らは殊ある毎に「イスラムは寛容な宗教」と自慢しますが、イスラム諸国の現状からして、一般日本人には戯言としか思えない。真に理解していないのは主流派研究者の方かも。

mugiさん
お訪ねいただき、さらにコメントをいただき、ありがとうございます。
この本を知ったのは、貴ブログからでした。非常に興味深い良書を教えていただき、ありがとうございました。イスラム教に対する見解や対処は、貴方のおっしゃる通りです。ポリティカル・コレクトネスを遵守しているつもりで、実は軽薄なきれいごとを押し売りして、問題を大きくする、というのがメディアの常習です。ひきつづきよろしくお願いいたします。

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