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出石散策 (12)

桂小五郎と潜伏先
 桂小五郎は、石碑のある宵田通りの旧荒物屋跡だけでなく、出石城下町のさまざまなところに転々と居場所を替えた。そのひとつが、大手前通りのひとつ東側の小道に面する昌念寺である。観光案内マップには潜伏地跡のひとつとして記してあるが、昌念寺の門あるいは境内には、桂小五郎とのかかわりを説明する掲示などは一切ない。

Photo
 小五郎が潜伏しているうち、京では禁門の変を引き起こして敗戦した長州藩は朝敵となって、朝廷の命を受けて幕府軍により第一次長州戦争が始められようとしていた。この危機におよんで長州藩内では、幕府に対して恭順を主張する保守派が台頭し、幕府・薩摩藩側からの毛利家三家老の切腹、三条実美等急進派公卿の他藩への移転、さらに山口城の破壊を和議の条件として受け入れた。この結果、第一次長州戦争は戦わずして終わった。
 しかし長州藩内では、高杉晋作等が奇兵隊を率いてクーデターを起こして成功させ、高杉晋作・大村益次郎等は、潜伏している桂小五郎を、新生長州藩のリーダーとして呼び戻した。こうして出石に幾末が訪れて帰国を求め、一年もたたず桂小五郎は萩に帰ることになった。
 以後の桂小五郎、のちの木戸孝允の活躍は有名である。明治三傑ひとりの危機を救った避難地として、出石は忘れてはならない場所なのだろう。
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