2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト
無料ブログはココログ

« パリ・マグナム写真展 京都文化博物館 | トップページ | 「遙かなるルネサンス」神戸市立博物館 (2) »

「遙かなるルネサンス」神戸市立博物館 (1)

 神戸市立博物館に「遙かなるルネサンス―天正遣欧少年使節がたどったイタリア」という展覧会を鑑賞した。日曜日ということもあってか、かなりの来場者で賑わっていた。
 わが国戦国時代の後期、九州のキリシタン大名たちが派遣した遣欧少年使節があった。大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣された4名の少年、伊東マンショ、千々石(ちぢわ)ミゲル、原マルティノ、中浦ジュリアンが、天正10年(1582)2月長崎を出航し、マカオ、マラッカ、ゴアを経て、1584年8月ようやくポルトガルのリスボンに到着、それから7カ月後の1585年3月イタリアに着き、約1年近くイタリアを廻り、1586年4月ポルトガルのリスボンから帰途につき、長い航海を経てようやく1590年7月長崎に帰着したのであった。8年半にわたる大旅行であった。旅行の最中に、派遣元の大名であった大村純忠、大友宗麟が相次いで死去し、帰国時には天下人となった豊臣秀吉によってバテレン追法令が出るなど、日本国内の事情は大きく変わってしまっていた。

トスカーナ大公国(上)
Photo  冒頭には、当時ヨーロッパでつくられた地図のうち、日本が登場するもの2つが展示されている。いずれも形が実際と大きく異なるうえに蝦夷すなわち北海道が存在しない。当時の日本人の認識と同じということは、日本国内の情報から作成したものなのだろうか。またいずれも日本の国土面積を少し大きめに見積もっている。金銀の世界的生産国として、存在感が多少は実際以上に大きかったということだろうか。
  そして美術工芸品の最初は「リヴォルノ港の景観を表したテーブル天板」(1604年)である。貴重な瑪瑙やジェルストーンを多用し、象嵌技術で豪華に制作された調度品であり、ヨーロッパの豊かさを誇りたい意志を感じる。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

« パリ・マグナム写真展 京都文化博物館 | トップページ | 「遙かなるルネサンス」神戸市立博物館 (2) »

美術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1444830/71235037

この記事へのトラックバック一覧です: 「遙かなるルネサンス」神戸市立博物館 (1):

« パリ・マグナム写真展 京都文化博物館 | トップページ | 「遙かなるルネサンス」神戸市立博物館 (2) »