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「遙かなるルネサンス」神戸市立博物館 (2)

トスカーナ大公国(下)
Photo  絵画の最初は「フランチェスコ1世・デ・メディチの肖像」(1570年)である。遣欧少年使節がトスカーナを訪れたとき、トスカーナ大公であった人物である。遣欧少年使節は、1585年3月2日ピサに着き、ピサ宮殿において、このフランチェスコ1世・デ・メディチに拝謁した。フランチェスコ1世・デ・メディチは、神聖ローマ皇帝フェルディナンド1世の娘ジョバンナを妃とし、8人の子供を得たが、ジョバンナが存命中からヴェネツィア富豪の美貌の娘ビアンカ・カッペロを愛人とし、ジョバンナが急死するやビアンカを妃とした。ビアンカの肖像画も2点展示されている。遣欧少年使節が訪問したとき、伊東マンショとダンスをしたと伝える。その肖像画も展示されているが、たしかに美人である。
  フランチェスコ1世・デ・メディチの一族にはスキャンダルが多く、悪名高い大公であったとされる。肖像画も、この類の肖像画にありがちな聡明さ、優雅さを敢えて表現したというよりは、いささか狡猾な、あるいは高慢な人柄を表したようにも思えるのは、観る側の先入観からだろうか。Photo_2
 そのメディチ家の少し先代にあたる人物に、この展覧会のポスターに用いられた美しいヒロインがいた。「ビア・デ・メディチの肖像」(1542年ころ)である。富も権力もあるメディチ家に誕生し、その可憐さから一族の愛情と期待を一身に背負ったであろう王女であったが、不幸にも6歳を待たずに亡くなったという。幼いにも関わらず完成された優雅さと美貌をもって描かれている。もちろん彼女が生きた時代は、日本の遣欧少年使節が到着する以前のことであった。

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