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中東・スエズ運河・ギリシア クルーズ紀行 (31)

ハドリアヌス門・教会・ゼウス神殿 アテネ④
  ギリシア観光局を過ぎて東に出て、バスが通行するアマリアス大通りに出ると、ハドリアヌス門が見える。Photo
  大通りをまたいでハドリアヌス門の真向かいに宗派は不明だがキリスト教会があり、門が開いていた。ここまですべて扉が閉まっている街を歩いてきたので、ついつい覗き込んでみると、なかにいた若い男性が手招きする。ふと中に入ってみると、無線イヤホンを私たちに貸してくれて、教会の礼拝堂に招かれた。ちょうど牧師さん(礼拝堂の装飾が簡素なので、おそらくプロテスタント系だと推測する)が講話(説教)をしておられた。英語の翻訳を無線イヤホンで聴くわけだが、無線の状態がわるいのか、頻繁に音声が割れてノイズも大きく、とても聞きづらい。どうやら「愛と死」についてのお話で、イスラム教や仏教にも触れたのちに、この愛と死についてもっとも真摯に教えを与えたのがイエス様だということらしい。イヤホンをつけている人たちも、集まっているなかの2割くらいいた。外国人の住人だろうか、それとも私たちのような観光客だろうか。15分ほど聴いていたが、やっとお話も終わったので教会を出た。
  教会を出て大通りをわたり、ハドリアヌス門の真下に出た。ローマ時代の2世紀に建てられた大門である。高さ18m、幅13.5mの堂々とした門である。門の東側から眺めると、背景にアクロポリス遺蹟を遠景として見ることになる。このように、ちょうど東京でいろいろな場所から富士山を見るように、ここではアテネ市内のさまざまな場所からアクロポリス遺蹟を眺望することができる。
Photo_3   ハドリアヌス門の南東側に少し行くと、ゼウス神殿の遺蹟公園がある。これも入場できないが、幸いにして外からでも十分眺めることができる。この場所はかつてゼウス神の聖域とされ、104本のコリント式の柱がならんでいたという。現在はそのうちの16本が残っている。この神殿は2世紀に、ハドリアヌス皇帝のときに完成した。最初は紀元前515年にアテネの僣主ペイシストラトスが建造を試みたが、失脚してしまって工事が中断した。ついで紀元前2世紀にも工事が再開されたが、やはり工事推進者の死によって中断し、結局紀元後の2世紀にやっと完成したと伝える。
  ハドリアヌス皇帝は、ローマの五賢帝にあげられる名君とされる。ローマの版図を広げたトラヤヌス帝につかえて、パルティア戦争などで多くの軍功を重ねたが、トラヤヌスのあとを継いで皇帝になると平和主義に転換し、帝国各地をあまねく訪問して帝国の安定化と繁栄に尽くした偉大な皇帝であるとされている。
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