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ボストン美術館展 神戸市立博物館 (2)

中国美術

 12世紀初めころ、北宋は王安石・司馬光の対立にはじまる「新法・旧法の争い」で政治が混乱していた。1100年、父哲宗の崩御を受けて弟の趙佶が即位して徽宗となった。徽宗即位の直後は、皇太后向氏が新法派・旧法派双方から人材を登用して両派の融和を試みたがまもなく向氏が死去し、徽宗の親政が始まった。徽宗は新法派の蔡京を重用して宰相とした。徽宗・蔡京共に北宋時代を代表する芸術家であり、芸術的才能という共通項を持った徽宗は蔡京を深く信任し、徽宗朝を通じてほぼ権力を維持し続けた。政治的には混乱を収拾することはできず、やがて女真の台頭を許して1126年には首都開封が陥落し、北宋は滅亡する。このような北宋の最末期に、芸術的には花開いたのが皇帝徽宗であった。

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 「五色鸚鵡図鑑」(1110年ころ)が展示されている。保存状態もよく、美しい大型の絵画である。ここで蔡京が文章を書き、皇帝徽宗が絵を描いている。
 時代がくだり南宋の時代となってからの作品に、陳容「九龍図鑑」(1244)がある。陳容は、南宋末の画家で長楽 (福建省) の人で、太守をつとめた進士で、水墨画を得意とし、龍画の名手として高名であった。また詩文にも長じていたという。この作品は、約10mに及ぶ長大な紙に描かれた九匹の龍である。墨の黒が主だが、ごく一部に朱を使い、それが生きている。沸き立つ雲と荒れ狂う波のなか、あるいは悠然と飛翔し、あるいは佇むさまが、奔放な筆墨で描き出されている。自然に対して超越して生きぬく孤高で勇壮な龍というイメージであり、かつて清朝の乾隆帝も旧蔵したと伝える龍図の名品である。
 岡倉天心は、明治35年(1902)来日したアメリカの外科医ウィリアム・スタージス・ビゲローと出会い、その縁で明治37年(1904)、ボストン美術館の中国・日本美術部に顧問として迎えられた。やがて岡倉天心の発案で「中国日本特別基金」がエドワード・ジャクソン・ホームズ家の寄付を得て設立され、中国の美術作品が積極的に収集された。
 

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