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ブリテン島周遊クルーズ (18)

インバーゴードンの博物館
 桟橋の臨時観光案内所に「博物館でバザー開催中」と掲示があり、もらったマップに博物館の場所が示してあった。そんなに遠くないので、歩いて行った。これらの一連の主要な建物は、すべて「ハイ・ストリート」に面しているか、もしくは近くにある。「ハイ・ストリート」という名称は、中央通りのような意味らしい。
Photo 途中道の傍らで、一人でバグパイプを持って演奏している大道芸人のような人がいる。前には楽器ケースを置いて開いて、投銭を集めている。まだごく若い青年のようである。
 ハイ・ストリートを東に歩くと、博物館があった。地方の公民館か市役所のような小さめの建物で、その事務所程度の広さの部屋の2つ分程度が展示スペースとなっている。そして別の多目的スペースのような部屋で、宣伝掲示があったバザーが開催されていた。バザーには、展示販売品のそばに出展者がいて、品定めする来客に適宜説明したり歓談したりしている。中年から高齢の女性が多く、穏やかにゆっくり話して、都会的な世知辛さを感じさせないおだやかで上品な雰囲気がある。こういう催しの機会も、地元の人たちの交流の場として機能しているようだ。Photo_2
 インバーゴードンは12世紀にデイヴィッド1世がインバネス城を築いて、大西洋側からの港町として徐々に発展した。1704年軍人ウィリアム・ゴードン卿が屋敷を建てたのが、この地の名称の由来であるらしい。ゴードン卿一族およびその子孫たちは、エディンバラに戦ったり、遠くスウェーデンの戦いに加勢したりと、さまざまな戦争に関わり、王ウィリアム3世から爵位を授与されたり、この地に城を建設して、この町の発展に貢献した。
 さて、近代になり第一次世界大戦の後、ヨーロッパの経済・政治状況の変化を反映してイギリス海軍の大再編が行われ、1919年に大西洋艦隊が誕生し、インバーゴードンは、この海軍のひとつの拠点となった。しかしその短い歴史の中で大西洋艦隊が海戦を実際に戦うことはなかった。1931年に艦隊で「インバーゴードンの反乱」とよばれる海軍の大ストライキが発生した。艦隊の下級兵士たちが、政府の軍事費節減にともなう給与大幅切り下げを公然と拒否したのであった。この反乱は2日間続いたが、海軍本部はインバーゴードンの反乱によって動揺し、大西洋艦隊は翌1932年に消滅した。大西洋艦隊は本国艦隊に再編・改名されたのであった。
2 この地はまた、ウィスキーの偉人として知られるホワイトとマッカイによって運営されている穀物ウィスキーの蒸留所があり、ウィスキーの産地としても有名らしい。スコットランドはウィスキーの本場なので、このようなことは近辺の他の市町村にもたくさんあるのかも知れない。産業としてはこの他、アルミニウムの精錬、北海油田で用いられる石油タンクローリーの修理工場、石油採掘装置の製造・修理がある。これらの産業に働く労働者は、スコットランド南部からくる人たちも多く、この地の方言が南部スコットランド方言に強く影響を受けることもあって、「グラスゴーの植民地」との自虐的表現すらあるという。
 展示は、ここインバーゴードンの庶民の日常生活、戦争中の耐久生活、さらに戦時中の傷病兵の看護状況、などを丁寧に展示して、戦時中でも闘志を維持し、高い医療サービスを行った誇りを示しているようである。

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