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ブリテン島周遊クルーズ (6)

アムステルダム 西教会とアンネ・フランクの家
 ダムラーク大通りを南下すると散策のスタート地点であったダム広場に行き当たり、そこを今度は西に右折して西アムステルダム地区に入る。ラートハウス通りを進むとやがて同じ通りが西ラートハウス通りとなり、西教会に行き着く。Photo
 この西教会は、オランダで最大規模の教会で、とくに高さ85メートルの塔は、高層ビルがないアムステルダム中心街で最大のものである。
1631年にプロテスタントの教会として建設されたもので、カソリック教会にくらべ質素な造りと内装がひとめでわかる。高い塔の先端に付けられた王冠は、15世紀末この地を支配したオーストリア皇帝マクシミリアン1世を記念したものである。時計のすぐ下には大小47個のカリヨン(旋律演奏を可能とするため複数の鐘をくみあわせたもの)があり、ときに美しい演奏を奏でるという。オランダが輩出した世界的画家レンブラントは、1669年この教会の共同墓地に埋葬された。1996年に、ベアトリクス前女王が結婚式をあげた場所でもある。中に入ると、大きなパイプオルガンが目につく。
Photo_2 西教会から少し北に歩いたところに、「アンネ・フランクの家」がある。アンネ・フランクは、ドイツのフランクフルト・アム・マインの裕福なドイツ系ユダヤ人一家の末娘として生まれ、ナチスの迫害を避けて一家でオランダに移住していた。しかし1940年、中立宣言していたオランダにドイツ軍が侵攻し、1942年からアンネ・フランクの一家はこの建物に隠れ住むようになった。1944年、とうとうゲシュタポに発見され、連行されるまでの約2年間を過ごしたのがこの隠れ家であった。Photo_3
 1960年からこの建物は博物館となり、現在はアンネ・フランク財団が管理している。私たちが訪れたときは午後になっていて、博物館の入り口には長蛇の列ができていたので、入館をあきらめた。日本からこの博物館を訪れる人は年間3万人にのぼり、これはイスラエルからの訪問客数より5,000人以上多いという。

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