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サムエル・モリソン『アメリカの歴史』第3巻

 アメリカの1901年から1963年、アメリカ的な「進歩的革新主義」の時代、第一次世界大戦、大恐慌とニューディール、第二次世界大戦、そしてついに世界最大の経済・軍事国家となって、ソ連・中共の共産主義と冷戦で対立する著者の執筆時点まで、大統領でいうと、第26代セオドア・ローズベルトから第35代ジョン・F・ケネディまでの時代である。
 南北戦争の荒廃から復興する過程で、アメリカは科学技術の発展、工業化の進展を成し遂げ、経済的に大きく成長した。たとえば「鎖国」により外国とかなり途絶していた日本が、ほんとうに遅れをとったのは、さほど遠い昔ではなく、まさに19世紀前半ごろからのことである。明治初年に岩倉遣欧使節団に参加した日本人が、西欧には約30年で追いつくことができるだろう、と判断したのは実に正鵠を射ていた。
 そんななか、アメリカは、経済・社会・行政・財政において、さまざまな歪が顕在化するようになった。第26代大統領セオドア・ローズベルトは、それを社会主義のようにひっくり返してやり直すのではなく、「建設的に」政治の力で規制・是正することを目指した。このセオドア・ローズベルトと、それに続くウィリアム・タフト、ウッドロウ・ウィルソンの3人の大統領の時代は、進歩的保守によるアメリカ的革新主義の時代であった。この時点でも、ハミルトンの集権(=連邦主義)とジェファーソンの州権(=分権主義)とが主要な対立軸であった。
 セオドア・ローズベルトは、国内では大企業のトラストを規制し、国外に向けては世界の繁栄のために尽力した。その間、いずこも同様らしく、無責任なあるいは悪意のメディアの非難に晒されて苦労することが多々あった。
 1900年から、大恐慌がはじまる1927年の間は、政治はあまり変わらない一方で、社会的には大きな変化(=前進)があった。アメリカは、世界最高レベルの経済力を達成し、軍事的にも巨大パワーとなり、「世界を民主主義によって安全にする」十字軍となって、ヨーロッパを離れたのである。
 ウィルソンは、ハイチとメキシコに武力行使を行ったが、成果はなかった。第一次世界大戦に対しては、はじめは中立を目指したが、やがてドイツのUボートによる公海上の襲撃をうけて、議会に反対派が多い中、連合軍に大きく遅れて参戦した。結局、第一次世界大戦は連合軍が勝利したが、ウィルソンの理想論的な講和条約案は、なによりもアメリカ議会の賛同を得られず、案に含まれる国際連盟に、発案者のアメリカ合衆国が参加できない、という苦い結果となった。
 ウィルソンのあと、凡庸な共和党大統領3人の時代があり、1933年からフランクリン・D・ローズベルトが大統領に就任した。おりしも大恐慌のさなかで、経済復興のためにF.D.ローズベルトは、ニューディール政策を強力に推し進めた。しかし、ニューディール政策のいくつかは最高裁判所により憲法に違反するとして否認された。それでもこの思い切った革新的な政策は、第二次世界大戦後のF.D.ローズベルト亡き後になっても、アメリカ経済にかなり大きな貢献を提供し続けた。第二次世界大戦の勝利、そのあとの朝鮮戦争と、アメリカは膨大な戦費を費やしたが、すでにアメリカはそれに耐えうる経済力をつけていた。
 第二次世界大戦の後は、アメリカにとって最大の外交問題はソ連・中華人民共和国などの社会主義国との冷戦となる。
 また、植民地が独立する場合、1945年以前は植民地の宗主国側が派遣した植民地指導者が独立を主導して独立後統治したが、1945年以後は植民地の原住民側が反抗して独立し、原住民側が独立後統治するものが主流となった。そこでは民衆も指導者も「国民国家」の経験も知識も乏しかった場合が多く、当然独立後は難渋・混乱した。
 アメリカ史の、とくに19世紀半ば以降について、アイルランド系の移民の活動が注目される。彼らは、アメリカ創生者たるプロテスタントではなくカソリックであり、プロテスタントが主流のアメリカ政府に対して批判的になりがちで、もともとイギリスに反感が強く、結束も強かったようだ。現在、日本で無責任なメディアや「識者」たちのみならず、経済学者の一部までもが、労働力不足への対策として、移民の導入を訴えている。「多様性」を増してそれを尊重することが国力の増強につながるなどと、楽観的あるいは無責任な希望的観測もある。アメリカの黒人奴隷やアイルランド系移民などの歴史的経緯を考えても、移民の増強策は、私はリスクが大きすぎると思う。
 また、アメリカは建国以来、議会制民主主義で大統領制をとったが、議会との調整・妥協はつねに大統領を悩まし続けていた。日本では、たとえば橋下徹氏が「首相公選制」を提唱するように、選挙で大統領を選出する大統領制では大統領が圧倒的な権力を掌握しているかのように思いがちだが、実際は飯尾潤氏がいうとおり、むしろ議院内閣制の首相のほうが権力は大きいようだ。
 私は、アメリカの歴史については、これまで中尾健一『新大陸と太平洋 世界の歴史11』中公新書、1975、ポール・ジョンソン『アメリカ人の歴史』全3巻、共同通信社、2001、を読んだのみで、詳しい通史は未読であった。ポール・ジョンソンの書はモリソンの半分程度の大部だが、先史時代の記述が薄いこと、タイトルのとおり主に指導者の列伝のような記述なので、史実そのものの記述と解釈についてはこのモリソンの書に比べると少ないことなどから、今回の読書は非常に興味深く勉強になった。
 アメリカという、比較的他の国々から独立して独自に発展したように思える国においても、その歴史的経緯とそのなかの葛藤、その襞の深さには、十分に多彩なものがあり、すくなくとも私たちが高校などで学ぶ程度のごくごく単純な知識と理解では、現在のアメリカについて理解が到底おぼつかなく、安物のメディアやいいかげんな「識者」に騙されてしまう懼れがきわめて高いと思った。

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