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北米東海岸クルーズ (24)

ハリファックス-5 大西洋海洋博物館 (上)
カナダの帆船と戦艦
 ノヴァスコシア州議事堂からさらに海岸方向に下ってウオーターストリートに入ると、すぐ南隣に大西洋海洋博物館 Maritime Museum of the Atlanticがある。海洋史にかんする州立の総合博物館となっているが、実際の展示は1911年のタイタニック号沈没事件と、1917年のハリファックス大爆発事件を重点的に展示している。Photo_20200109061201
 ハリファックスは、アメリカ大陸全体のなかで大西洋航路の拠点として、経済的にも軍事的にも、地政学的にきわめて重要な位置にある。アメリカ大陸の開拓・開発と領有の主導権をめぐって、18世紀から200年間以上にわたってイギリスとフランスは対抗し抗争したが、この地はその要衝のひとつでありつづけた。軍事的にハリファックスは、フランスが開発したおなじノヴァスコシア北東端近くにあるルイブールLouisbourg要塞に対抗して、イギリスが1749年に「七つの大海」支配のために開発した軍事拠点であった。したがってハリファックスは、はじめからカナダ東部沿岸でのフランスとイギリスの対抗・抗争が以後の歴史にまとわりついている。そしてハリファックスは、当初はイギリスのアメリカ植民地の拡大・発展に貢献し、現在はカナダ海軍の重要拠点と位置づけられているのである。
 19世紀半ばまでは、木造帆船が商用輸送でも軍事用でも大量・高速の移動手段として唯一最大の有効な手段であった。1765年イギリスで建造された戦艦ヴィクトリー号は、イギリス軍の主要な戦艦としてアメリカ独立戦争、フランス革命に投入された。そして1805年スペイン沖トラファルガーでの海戦に出動し、ネルソン提督の指揮のもとフランス・スペイン連合艦隊を撃破した。
 カナダは歴史的経緯から、長らく自らの海軍を持たず、大英帝国海軍にもっぱら防衛を依存してきた。自前の海軍を持つことに対して、イギリスの戦争に巻き込まれることを恐れる意見や、費用負担を懸念する意見があった。
 1907年、ハリファックスの造船所がイギリスからカナダに移管された。このときがカナダ海軍創設のひとつのチャンスであったが、カナダ海軍の創設は1940年ようやく実現した。
Cgs  ハリファックスの近海は、良好な漁場でもある。この海上の漁業権の防衛も大きな課題であった。漁業監視を目的とした船としては、1904年イギリスで建造されたCGSカナダ号が最初である。CGSはCanada Government Shipを意味する。これは小型だが堅牢な蒸気船で、航行速度も速く、速射砲を装備した戦艦に準ずる機能を有している。第一次世界大戦に入ると、この船はHMCSカナダ号と改名されて、海軍のパトロール船として活躍した。HMCS とはHis Majesty Canadian Shipの意味である。
 第一次世界大戦になるとハリファックス港は、アメリカ大陸とヨーロッパ戦線の間の、戦争遂行のための軍団や武器・輜重の積出と受入れに決定的に重要な拠点港となり、ヒトも物資も交通は繁忙を極めた。そんななかに発生した大事件がハリファックス大爆発であった。
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