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北米東海岸クルーズ (30)

セント・ジョン-4 ニューブランズウィック州とセント・ジョン
 市街地の海岸寄りの一角に、マーケット・スクエアという真新しく大規模なモールがあり、そのなかにニューブランズウィック博物館がある。この博物館は、もとは1842年に設立されたカナダでもっとも歴史ある博物館だが、1996年にこのマーケット・スクエア内に移転したものである。3階にわたって展示室があり、1階は自然史、2階は地域史、3階は美術館となっている。時間の都合もあり、私は2階の地域史を中心に見学した。 Photo_20200123064401
 ニューブランズウィック州のある地域は、アメリカ新大陸にフランス人が入植したケベクと、イギリス人が入植したニューイングランドの間に位置し、アカディア地方と呼ばれて18世紀から仏英の勢力が対抗するところであった。
 この地域で1755年、フレンチ・インディアン戦争を機に、イギリスはフランス系住民(アカディアン)に対し、イギリスに忠誠を誓うことを強制した。そしてこれを拒否しあくまで中立を維持しようとしたフランス系住民に対し、イギリス軍は1755年から1763年までにその住居を焼き、フランス本国またはイギリス植民地に強制送還した。この事件は「大艱難Great Upheavalと呼ばれている。強制送還を逃れたフランス系住民の多くは先住民の手を借りて仏領ヌーベル・フランス(ケベック)に逃亡した。なお、現在のルイジアナ州にあたる地域に定住した人々の子孫は、現在ケイジャンと呼ばれている。
Photo_20200123064402  強制送還されたアカディアの人々の多くは、1763年ごろから旧アカディア地方に帰還し、イギリス系住民の居住地を避けて旧アカディアより北のニューブランズウィック州、ノヴァスコシア州、プリンスエドワード島沿岸部に定住した。年配のフランス系住民の間では、現在に至るまでイギリスおよび英語を母国語とする住民に対する反感が根強いという。
 アメリカ独立が宣言されると、アメリカ新政府よりイギリス本国に忠誠を尽くす王党派 Loyalists の植民たちが南からやってきて、1784年にノヴァスコシアから分離して、ニューブランズウィック植民地が創設された。ニューブランズウィックは1867年のカナダ自治領の成立した当初の4州のうちの一つである。

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