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北米東海岸クルーズ (21)

ハリファックス-2 シタデルの軍事博物館
 「騎士の館」2階の軍事博物館では、ノヴァスコシアに関係する軍隊の動きを中心に展示がある。Photo_20200103062101
 1914年8月4日大英帝国連邦が第一次世界大戦に参戦すると、カナダは連邦支配下の地域として自動的に参戦となり、6万人の兵力を提供した。ノヴァスコシアは当時55万人の総人口のうち実に3万人が戦争に従軍した。 1916年には、アフリカ系カナダ人2,000人の部隊、1917年にはユダヤ系カナダ人1,100人の民族部隊がノヴァスコシアで形成され、それぞれ勇敢に戦った。1917年3月フランスのヴィミーリッジでイギリス・カナダ軍はドイツ軍と壮絶な戦いを行い、ドイツ軍に2万人の死者をもたらす大勝利を達成した。このときノヴァスコシア・ハイランダース(高地連隊)の不退転の勇敢な活躍は「The Neverfails」と呼ばれて広く知られた。


The-neverfails

 戦争中、ノヴァスコシアは軍需生産で超繁忙となり、石炭鉱山は全カナダの75%の石炭を供給した。3万人もの女性が第一線にはじめて出て、そのうち4,000人の看護婦は国内のみならず海外にまで出かけて活動した。また一方では、1914年からカナダ軍に忠誠でない人たちを取調べ拘束し、8,579人がシタデルを含む24の施設に抑留された。カナダ全体では主に東欧からきた人々であったが、ノヴァスコシアでは大部分がドイツ兵であった。
Photo_20200103062201  第一次世界大戦のとき、ハリファックスは地政学的に大西洋への軍隊と軍事物資の積出と移入のカナダ最大の拠点港となり、膨大な数に上る人と物資の出入りがあった。その最中の1917年12月6日、ハリファックスに大爆発事件が発生した。この事件に関しては、この後で訪れた大西洋海洋博物館により詳しく展示があったので、後述する。
 第二次世界大戦では、1943年9月のイタリア本土解放にカナダ軍が活躍したことが展示されている。さらに1944年春のノルマンディー上陸作戦にも、カナダ歩兵隊が参加している。

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