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北米東海岸クルーズ (28)

セント・ジョン-2  カールトン・マーテロー・タワー
 続いてふたたびタクシーをつかまえて、カールトン・マーテロー・タワーを訪れた。Photo_20200119063202
 セント・ジョンの市街とファンディ湾の両方を見下ろせる丘の上に立つ、石積みで造られた高さ10~15メートル程度の円筒形の塔である。内部は2階建てになっていて、1階は弾薬貯蔵庫と、兵士がライフル銃で狙撃するための銃口がある。2階はこの塔に詰める兵士の住居となっている。元来は3階であったらしい屋上階には、大砲を据える砲台と、銃兵が周囲に打ち下ろすプラットホームになっている。
 このような様式のタワーは、15世紀にジェノヴァなどイタリア都市国家が、北アフリカ海賊からの攻撃を防ぐ目的でところどころの海岸に建てたものがモデルあるという。
Photo_20200119063101  18世紀末にコルシカ島のモルテラ岬の塔を攻めたイギリスの最新鋭艦隊が、その難攻不落に驚嘆して、同じような様式の敵軍監視と初期防衛のためのタワーを、19世紀はじめからイギリス支配下の世界各地に140以上建設したという。モデルであったモルテラMortella岬を、スペルを誤ってマルテロMartelloとしてしまったことで、以後この様式の塔がMartello Towerと呼ばれることになった。とくにナポレオン戦争(1805~1815)のとき、イングランドはフランスの侵攻から、イングランド、アイルランド、ジャージー、ガーンジーの南海岸と東海岸を守るために、合計で105のマーテロー塔の鎖を構築した。しかし19世紀末になって、ライフル砲が普及すると、その破壊力には対応できないことが判明し、以後増設はなくなり、廃棄したタワーも多々あった。Photo_20200119063201
 ニューブランズウィック州セント・ジョンのこのタワーは、1815年にナポレオン戦争対策として建造され、ライフル砲が普及したあとも見張り台や弾薬庫として活用され、第二次世界大戦まで大砲のプラットホームを改造しながら使用されたという。この地方に雪が多いことから、かつては三角錐の屋根があったことが、古い絵から判明している。

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