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喜劇「なにわ夫婦八景」大阪松竹座

 大阪落語界の重鎮であった桂米朝の五年祭に因んで、桂米朝夫妻の伝記のような喜劇が大阪松竹座で上演された。
 米朝を筧利夫、妻絹子を真琴つばさがそれぞれ演じる。狂言まわし的な役回りの彼らの長男小米朝を元関ジャニ∞の内博貴、米朝の師匠であった四代目桂米團治を桂ざこば、絹子の母を三林京子、が演じている。Photo_20200209061901
 中国関東州大連に生まれ、幼少期に姫路に帰って育った米朝は、青年期に作家であり寄席文化の愛好家・研究家であった正岡容(いるる)と出会い、落語に深く魅せられるようになった。正岡から、衰退した大阪落語を再興せよ、と励まされ、大学を中退して、正岡と親しかった四代目桂米團治に師事して、米朝は落語を修行した。師匠の米團治は「落語家は米も何も作るわけでない、世間の御余りで生きている。芸人になった以上、食い詰めることは覚悟の前でなければならない。」と教えられた。
 米朝よりわずか1年の年少であった桑田絹子は、大店の跡取り娘であったが、芸能界に憧れてOSKに入団、戦前は舞台の脇にその他大勢のダンサーとして出演していたが、戦後は独自の歌劇団を率いて、活発に活動していた。
 この二人は、マツダ・ランプ主催の宴会で知り合い、意気投合して33歳ころ結婚に至る。当時としては、晩婚のほうだろう。以後絹子は、まだ無名であった米朝の最大の支援者となる。従来の落語家らしくなく、文学を深く学んで独自の芸風を培った米朝は、やがてそれまでの中高年層のみならず、若年層にまで人気を博する落語家として成長した。弟子も増え、その強烈な個性に振り回される米朝一家であったが、ひとりも破門を出さず、枝雀、ざこば、月亭可朝、桂吉朝など、多彩で有能な落語家を多数輩出した。そして平成7年(1995)落語会で二人目の「人間国宝」を綬章した。
 なんといっても妻絹子を演じる真琴つばさの演技がひかる。宝塚のトップスターだけあって、声量豊かで明瞭なセリフは心地よく、立ち居振る舞いも安心感がある。三林京子の堂々たる演技も良い。筧の米朝は熱演だが、少し関西弁に違和感を残す。演技でもストーリーでも、ざこばの米朝に対する深い尊敬が現れている。
 桂米朝は、私たちも何度か正月の大阪サンケイホールに「米朝独演会」を聴きに行ったことを思い出す。端正で知的な雰囲気の米朝は、たしかに落語家としては一風変わった印象の人であった。こうして米朝さんの伝記を垣間見ることができたのは、私にとってもしっかり感銘があった。

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