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朝日新聞編集委員の「失言」

新型コロナ「痛快な存在かも」朝日新聞、編集委員の投稿謝罪
時事通信ウェブ版 2020年03月14日18時31分
(前略)朝日新聞社によると、大阪本社の小滝ちひろ編集委員は13日午後3時すぎ、自身のツイッターアカウントで「戦争でもないのに超大国の大統領が恐れおののく。新コロナウイルスは、ある意味で痛快な存在かもしれない」などと投稿。上司から事情を聴かれた後、同日午後11時すぎにアカウントを削除した。
 同社は「著しく不適切で、感染した方や亡くなった方々のご遺族をはじめ、多くの皆さまに不快な思いをさせるものだ」と謝罪した。小滝氏は主に文化財や寺社などの取材を担当しており、「心からおわびします。深く反省しています」と話しているという。

 編集委員というのだから、新聞社の幹部のひとりである。その人物の「失言」と後始末なのだが、私には大きな違和感がある。
 「超大国の大統領」というのだから、おそらく韓国の文在寅大統領ではなく、アメリカのトランプ大統領のことを指すのだろう。その大統領が、新コロナウイルスに対して「恐れおののく」ことが「ある意味で痛快」とする。新聞社の幹部がこのように発言する、この意味するものはなにか。
 大きな権力を持つ者はすべて敵視する、という意味であれば、新聞としては不適切である。たとえばすべての権力は可及的速やかに崩壊して、無権力、無政府になるべき、などとアナキズムのような思想を持つこと自体は、個人としては自由である。しかし「新聞」が公共的利益を社会にもたらすこと、「新聞は社会の木鐸」であることを標榜するなら、個人の嗜好での発言や行動は不正であろう。
 あるいは当該の特定の権力者、たとえばトランプ大統領に問題がある、というのであれば、その問題を簡潔であれきちんと説明することが必要である。「社会の木鐸」として政治権力者の問題を指摘することは、メディアの本来の使命である。今回の発言は、新聞がよくやるような、対象者の発言の一部を切り取って誤解を与えるような場合とは真逆で、自らの説明・発言が決定的に不足しているのであり、言論人として致命的な怠慢であり誤りである。意図的な「印象操作」のひとつと、疑われても当然である。
 新聞はさまざまなところで「政治権力とたたかう」というが、このような態度で行動する限り、社会に害悪を与えることはあっても、社会に良い影響を与える、良い方向に導くことはとても覚束ない。
 「感染した方や亡くなった方々のご遺族をはじめ、多くの皆さまに不快な思いをさせる」として謝罪しているが、そんなこと以上にもっと本質的なところで大きな問題がある。些末な「失言」のような扱いだが、実はこの人物の、さらにはこの新聞社のもっと本質的な大きな問題が、はからずも露呈している。
正直なところこの記事も、私にとってさほど驚くようなものでもなかったが、それだけに病根は深いのだろう。

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