2020年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト
無料ブログはココログ

« 野田市郷土博物館と野田市街(4) | トップページ | 鎌倉散策 (1) »

野田市郷土博物館と野田市街 (5)

旧野田商誘銀行と茂木本家美術館
 キノエネ醤油から本町通りを南に取って返し、東手に郷土博物館があるあたりよりもさらに少し南下すると、通りの東側に「株式会社 千秋社」の表札と、「近代化産業遺産」のプレートがあるクラシックなビルがある。これは元「野田商誘銀行(のだしょうゆうぎんこう)」の建物であった。Photo_20200505060701
 野田商誘銀行は、この地域の醤油産業の金融のために、野田の醤油醸造業者たちによって明治33年(1900)資本金25万円で設立された銀行であった。したがって株主も融資先も、醤油の関係者が中心の銀行であった。銀行名までも、「醤油」に因んで「商誘」としている。
 堅実経営をモットーとして明治34年(1901)の金融恐慌を乗り切り、大正期に入るころには千葉県でも大手の銀行に成長した。しかし、第二次世界大戦時に戦時政策のため政府に千葉銀行との合併を余儀なくされた。やがてこの建物は銀行業務には使用されなくなったが、昭和45年(1970)キッコーマン系列の株式会社千秋社の所有となった。
Photo_20200505060801  野田商誘銀行は、この町がいかに醤油産業とかかわりが深いかを表わす例のひとつである。これらの他にも、キッコーマン株式会社が寄付してできた学校教育・社会教育のための財団法人「興風会」の建物、「茂木本家美術館」、醸造にかんする研究を行う公益社団法人野田産業科学研究所、などなど醤油産業、とりわけキッコーマンおよび茂木家によって成り立つ活動がいたるところに見受けられる。
 野田市郷土博物館にボランティア・スタッフとして案内をされている人と雑談する機会があったが、ここ野田市はキッコーマン、茂木氏の存在がとても大きく、野田市に長く生活している「地のひとびと」はそれを身をもって知り尽くしているので、その認識の差から新しく入ってきた人たちと折り合いづらいことさえもある、とのことであった。
食品産業という新製品の開発が容易でない、したがって成長速度を改善しにくい業界にかかわらず、こうして地元にとても大きな貢献と影響力を維持していることに、あらためて感銘を受けた。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

« 野田市郷土博物館と野田市街(4) | トップページ | 鎌倉散策 (1) »

散策」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 野田市郷土博物館と野田市街(4) | トップページ | 鎌倉散策 (1) »