2021年3月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
無料ブログはココログ

« 兵庫県立美術館「超・名品展」(3) | トップページ | 兵庫県立美術館「超・名品展」(5) »

兵庫県立美術館「超・名品展」(4)

大正時代の美術(下)
Photo_20200615060701  中原實「乾坤」(1925)がある。乾坤=天地・陰陽という抽象的概念を題材にしているので、必然的になんらかの抽象的表現の作品となっている。中原實は、明治26年(1893)東京に生まれた。父は日本歯科医学専門学校(現・日本歯科大学)の創設者であった。中原も同校を卒業し、そのあとハーバード大学に編入学して、当時の先端的な歯学を学んだ。第一次世界大戦中には渡仏し、フランス陸軍の歯科医として兵士の治療にあたった。第一次世界大戦終結後には、こんどはパリの芸術学校に入学した。そこで油絵を学び、美術の才能を開花させた。芸術学校を卒業したあとに移ったベルリンは、当時「ダダイズム」の最盛期であった。ダダは既成の価値観を否定し、秩序や調和を壊そうとする芸術運動で、写真を切り貼りするフォトモンタージュという手法はこのころに生まれたといわれている。その後も画家、教育人、医師のいずれにも真剣に取り組み活躍し、二科展で知られる芸術団体「二科会」の理事や、日本歯科大学学長、日本歯科医師会会長などを歴任した。画家としてはアバンギャルド=前衛であり続けることをモットーとしていたという。この時代には、このようなマルチな才能を発揮する人がいたのである。Photo_20200615060801
 萬鐵五郎「ねて居るひと」(1923)という裸婦像がある。このころは萬だけでなくわが国の画家は西洋の豊満な女体ではなく、日本人女性の体格の特徴を積極的に取りあげ、独自の裸婦像を開拓したという。この絵の女性は、たしかに豊満さには欠けるが、よく観ると自分独自の性的魅力を、自信をもって主張しているようにも思える。
 戸張孤雁「煌めく嫉妬」(1924)という彫刻がある。俯いた女性の顔の表情はわからないが、右手は右足の指をつかみ、左手は左脚のふくらはぎを撫でている。この所作は女性の内面のしっと葛藤を表すという。
 佐伯祐三「リュクサンブール公園」(1927)がある。この画家の人気は当時から高く、多くの贋作が出ていたが、この作品は、厳正な鑑定を経て真作と認定されたものだという。すっきりした構図、明暗の配置にも色彩の選択にもアクセント・メリハリがあり、素人の私にもインパクトのある良い絵だとわかる。この大いに期待された青年画家が夭逝したときの世間の落胆が、私にもわかるような気がする。

人気ブログランキングへお気に召せばクリックください

« 兵庫県立美術館「超・名品展」(3) | トップページ | 兵庫県立美術館「超・名品展」(5) »

美術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 兵庫県立美術館「超・名品展」(3) | トップページ | 兵庫県立美術館「超・名品展」(5) »