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兵庫県立美術館「超・名品展」(3)

大正時代の美術(上)
 わが国の画家や彫刻家たちは、西欧から到来した新しい技術や美術思想・美術様式とひと頻り格闘したのちは、改めて自分の立場を振り返って自分なりの方針を模索しようとし始めた。おりしも大正デモクラシーがあり、ロシアで共産主義革命が起こり、マルクス主義のインパクトに影響される芸術家も現れた。
 北村四海「凡てを委ねる」(1918)という題の大理石彫刻がある。長野の宮彫師の子として生まれ、東京に出てからわが国には珍しい大理石彫刻に取り組んだ。この作品は、大理石彫刻の特徴のひとつとされる、造形が大理石のなかから浮かび上がってせり出すような構成をとって、頭を伏せた大柄の男が、小柄な女に抱かれているが、ともに姿勢がかなり不自然である。それでもその不自然さが大理石のなかに吸収されて、全体として不思議なバランスがある、独特の静謐で穏やかな世界を表している。
 荻原守衛「女」(1910)というブロンズ像がある。裸体の女性は、身体をねじって斜め上を見上げるが、体幹は螺旋形になって向上心、苦悩、希望などアンビバレントで多様な内面と表情を豊かに静かに表現している。荻原守衛は同じ長野出身の相馬愛蔵が経営する文学サロンであった銀座中村屋に出入りしており、この彫刻のモデルは彼が密かに憧れていた相馬夫人の黒光であろうとの説がある。荻原守衛は、高村光太郎とともにわが国にオーギュスト・ロダンをはじめて紹介した近代彫刻の先駆けであったが、30歳で夭逝してしまった。Photo_20200611060801
 柳瀬正夢「五月の朝と朝飯前の私」(1923)という小型の抽象画がある。彼は村山知義等とともに1923年の関東大震災の直前に結成した、わが国ダダイズムの先駆けグループMOVAの中核メンバーであった。モヴァは、虚無思想を根底に持ち、既成の秩序や常識に対する、否定、攻撃、破壊といった思想を大きな特徴とする。政治的には当時のロシア革命のブームにも影響されて、マルクス主義への傾倒があったらしい。
 柳瀬正夢は、この絵を描いていたころは珍しく絵画創作に集中できていたと回顧していて、同じころに下宿の娘との恋も進展してほどなく結婚するに至るという、人生の一代転換期・高揚期であった。タイトルと絵の内容との関係などは、私にはよくわからないが、世界の動きにも刺激され、自らも新しい芸術を創生しようと意気込んでいたことだけは雰囲気から理解できるような気がする。

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