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2020年7月

Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020(11)

3.ワシントンとシリコンバレーの物語(4)
軍産複合体の変質とシリコンバレーの離脱
 冷戦対応のためにEisenhowerが周到に構築して実際に冷戦勝利に大きく貢献した軍産複合体は、冷戦終了後にこのような経過をたどる中で変質した。ワシントンは効率優先のマイクロマネジメントを介してインセンティブを歪めてしまい、研究開発する技術者に対して技術の意味を説明するよりも、納税者に対して透明性、公平性、投資効率性を懸命に説明するようになり、軍関係の研究開発予算は大幅に削減されたうえに、その支給相手の数は増えた。多くの研究開発プロジェクトを支援しているというアピールのもとに、数だけ多いミニサイズの薄い開発プロジェクトばかりになっていった。
 それまで新しい技術の開発で軍産複合体に貢献してきたシリコンバレーの技術者たちには、手続きばかりが煩雑化・複雑化して開発費も製品の売り上げも期待できない軍事関係のプロジェクトは、急速に魅力を喪失していった。シリコンバレー内にとどまらず、軍産複合体企業の技術者たちもそこを飛び出し、シリコンバレー内の軍にかかわらない商業製品の研究開発に移っていった。
 シリコンバレーの技術者の軍関係からの離脱は、このように軍産複合体のインセンティブの問題と経済的条件の問題から始まったが、やがて技術者の世代交代、民生用先端技術と市場の驚異的な発展、そして経済活動のグローバル化の発展のなかで、国家間の戦争などを考える前に「善意の世界市民=good global citizensによる国家の枠を超えた平和な世界」というような漠然とした楽観的思考が普及し、イデオロギー的に軍事関係の仕事から距離を置くようになった。今では、開発費の規模にかかわらず軍事関係の開発を避けるシリコンバレーの先端技術関係者は多い。そのうえもっと心配なことに、冷戦中からアメリカは中国との関係を深め、シリコンバレーの技術者や経営者にも中国人は実に多い。シリコンバレーの先端技術を、中国からいかに護るか、という困難な課題も残っている。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020(10)

3.ワシントンとシリコンバレーの物語(3)
McNamaraからPerryまでの情勢悪化過程
 Eisenhowerが不公平や失敗の批判を受け持って毅然とリーダーシップを発揮した時代が終わると、1970年代から軍産複合体の環境は悪化した。経済界・実業界でもてはやされはじめた(カネの)効率重視の経営学の時代になったのである。その典型がRobert McNamaraであった。
 McNamaraは、自動車会社をみごとに立て直した最新経営学の知識と経験を、軍事技術開発にも軍産複合体にも厳格に適用した。経営分析、投資効率の詳細評価を徹底して、なにより経済効率を重視した。それは技術のブレークスルーを達成するに大きな阻害要因になってしまった。ペンタゴンの計画に入っていない案件への投資はまったく通らず、計画にも予算にも投資効率の観点からの事前審査が厳しくなった。
 折しもベトナム戦争が重なり、技術者からみて事務的手続きが過剰に煩雑になり、シリコンバレーの技術者はアメリカ政府やUS Armyとの仕事に気が進まなくなった。DODも新しい技術の開発より既存装備の単なる更新や保守への投資比率を高め、それは軍産複合体の企業にとっても、新規参入を抑制し、かつ確実に利益が見込める望ましい方向ととらえるようになっていった。
 1980年代になると、ますます悪い傾向が強くなっていった。このころ軍産複合体に深く関わっていたHewlett Packard社の創業者David Packardに宛てたSchrieverの手紙には「ここ数年間、タイムリーな優れた兵器が開発されていない。カネ・時間の不足があるのではないか」との指摘があった。実際軍の装備品調達が政治化し、既得権益とマイクロマネジメントに牛耳られるようになってしまった。事務的煩雑・混乱、遅延、意欲減退が蔓延り、既成事実・細かい仕様・書類・審査ばかりで非生産的な決済プロセスが定着し、Schrieverたちの活躍を可能にしたようなシステムからますます乖離していった。
 1993年国防長官William Perryが「最後の晩餐」を開催した。主な軍産複合体の企業のCEOたちを招待したパーティーの席で、一人ひとりの顔を見つめつつ、各社に合併・統合を促したのであった。こうしてその時点で107社あった軍産複合体の企業数が、1990年代の終わりには5社にまで減少した。カネの面だけならPerryは正しかった。軍の研究開発費は大幅に削減された。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020(9)

3.ワシントンとシリコンバレーの物語(2)
Picking winners
 Eisenhowerは、これを推進するにあたり「かけがえのない人材=winner」を探し・選び出し・任せた。その人物に対して必要な資金と権限を与え、防衛に必要な問題の解決を命じ、明示的な成果を求めた。カネ・努力・ヒトの明確な優先順位付けと集中である。
 そのwinnerのひとりがBernard Schrieverであった。彼は開発を開始する時点の1954年には誰もが非現実的と考えた大陸間弾道弾をはじめて開発・実現した。彼は大規模な予算を与えられ、シリコンバレーに技術者を集め、軍事産業チームをつくった。フロリダの湿沼地にCape Canaveral発射実験場をつくり、そこでなんども実験を繰り返した。カネも莫大にかかった。Curtis LeMay空将は、この計画をあまりに非現実的で無駄なものとして葬りにかかった。当時は爆撃において有人機に勝るものはない、というのが専門家の常識であつた。しかしEisenhowerは敢然とSchrieverを護った。果たしてSchrieverはたった5年で、不可能を可能にした。これは、後にアメリカが世界初の月面有人着陸に成功する技術的基礎にもなった。
 Schrieverの他にも、水素爆弾を開発したハンガリー難民出身のEdward Teller、原子力潜水艦を開発したHyman Rickoverなどが出た。Kelly Johnsonが開発したマッハ3という史上最速のヒトが乗れる飛行体「黒鳥SR-71」は、半世紀以上経った現在でも最高速度を誇っている。他にも多くの目覚ましい成果が出た。アメリカが真剣に取り組んだ結果は、このようなものであった。
 明確な優先順位を付けて、他にはできないことをやるきわだった人材を選び出して徹底的に進む。平等とか、公平とか、費用の効率性などは二の次である。もちろん失敗も浪費もあったが、責任者たるEisenhowerは毅然として彼らを護り、責任を一身に引き受けた。
 このようにワシントンが発する強力なインセンティブに対して、軍産複合体が応えた。このような経緯を経て、シリコンバレーが誕生し成長したのであった。長閑な果樹園の地は、電子産業とイノベーションのセンターに変貌した。技術政策の研究者Margaret O’Mareは、「軍事開発計画がシリコンバレーを育てた」という。実際にも、1991年湾岸戦争で使われた兵器のほとんどは、シリコンバレーで開発された。1950~1960年代には、シリコンバレーは軍事産業とその関連技術の開発を厭わず、喜んで協力していた。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020(8)

3.ワシントンとシリコンバレーの物語
Dwight D. Eisenhowerと軍産複合体the military industrial complex(1)
 1940年代Dwight D. Eisenhowerは、冷戦に備えるための体制としてDOD・議会・民間軍事産業の緊密な関係を構築してアメリカの軍事体制の充実に役立てようとした。広義には、政治の中核ワシントンとハイテクの中核シリコンバレー(カリフォルニア)との、軍事力増強のための協業計画である。
 1946年4月、Eisenhowerは軍トップとして軍事取得=acquisitionの基本方針を設定した。軍が買うことで民が利益を得て、それがつぎの技術をつくっていく成長スパイラルを実現するため、民間の技術者・事業者と軍関係者との結集・協力を、平和時から推進した。第二次世界大戦の教訓として、軍が血と肉を呈して戦わねばならないとき、戦いの暴力から兵の身を護る機械・技術がきわめて重要であることが共有された。
 背景には、激しく対立する米ソ間の長期的・戦略的競争があった。このときには、アメリカに過信はなかった。
1957年、ソ連のスプートニク成功は、アメリカに「次の戦争」と「負ける可能性」を想起させた。なんとしてもソ連に負けることが無いよう、新しい軍事力のためのすべての開発が必要との認識は、誰もが共有できた、Eisenhowerは、これを正しいこととして強力に推進した。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020(7)

2.Little Green Men and Assassin’s Mace(3)
中国の台頭とAssassin’s Mace
 そして2014年には、中国が南シナ海で人工島を造成した。明確な中国の領有権の主張である。ここではじめてUS Armyはロシア以上の強敵・中国を発見したのであった。アメリカにとって中国は、冷戦下ではソ連と対抗するために味方に引き入れようと、さまざまな援助と努力を傾注した相手であった。アメリカは、中国がアメリカの思うように育てる=can moldことができる国だと思い込んでいた。
 たしかに四半世紀前には、中国の国力と軍事力は小さかった。1996年US Armyが台湾沖に艦船を出動したとき、中国は身動きできずUS Armyの力を見せつけられるだけであった。1999年、中国大使館がUS Armyのピンポイント爆撃を受けたとき、US Armyは誤爆だと言い訳したものの、中国はUS Armyの前に自分の身が無力であることを痛感したであろう。中国は、US Armyを相手とした軍事力の刷新・強化に邁進した。Assassin’s Maceである。
①US Armyの基地ネットワークの無力化: 第二次世界大戦以後の日本・グアムなどの基地を圧倒する爆撃手段・ミサイルを量的に確保する。
②US Armyの攻撃航空機の無力化: US Armyの最初の攻撃は航空機と想定して、できるだけ遠方から検知して航空機間の通信をジャマ―でブロックして航空機グループの能力を抑圧し、航空機の運送能力を無力化する。
 このため、over the horizon rader=水平線を超えるレーダー、長距離偵察衛星・航空機、US Armyの空母の検出手段などのあらゆる手段をそろえる。たとえば1000マイル以上の飛程をもつ対船舶弾道ミサイルDF-21、低空飛行ミサイル、静かなディーゼル駆動潜水艦などもある。すべてUS Armyの海軍力の心臓を狙うものである。
 さらに、GPSネットワークを破壊する精密兵器、衛星用ミサイルなどsystems destruction warfareと呼ばれる兵器もある。要するにUS Armyの巨人を、聞けず・話せず・見えずの状態にすることが目的である。
 核兵器についても、1990年代に弾頭の小型化を達成し、あらゆる武器への応用を進めるとともに、1つのミサイルに別々の目標を狙える複数の核弾頭を搭載する兵器などまである。
これらのすべてが、アメリカが世界のhyper powerと自認して軍事革命を怠っていた間に中国は着々と整備してきたのである。
 この背景には、たしかに急激に経済成長する国力を用いた中国の努力とともに、国をあげての技術の剽窃=state-sponsored theftがある。アメリカの知的財産の盗用、とくにアメリカ会社の中国とのJVでそれがはなはだしい。アメリカは毎年、$250Bの知的財産を中国に盗まれている。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020(6)

2.Little Green Men and Assassin’s Mace(2)
アメリカはロシアに負ける
 このような事態から、アメリカ軍は20年間以上真剣に考えてこなかった軍事革命の必要性を痛感させられることになった。2016年アメリカのランド研究所のアナリスト、David ShlapakとMichael Johnsonは、ロシア軍がロシアからバルトの3大都市を60時間以内、つまりアメリカやNATO軍が有効に反応できない短時間の間に攻撃できること、すなわちUS Armyはロシアに負けることを分析結果として報告した。
 ロシアのLittle Green Menに対抗するためには、これまでUS Armyが放置してきた軍改革が必須である。しかしこれはロシアの目覚まし時計に過ぎない。本当に恐るべきは、中国なのである。
 冷戦終了後ソ連が潰れて小さなロシアになったので、アメリカは援助して自由化し、協力者にしようと努力してきた。しかしコソボ、イラクなどでロシアはアメリカの思うようには振舞ってくれなかった。プーチンのロシアは、1991年以前の大国に戻ろうという野心を隠さなくなった。2008年8月にはグルジアに侵入して一部分離・併合を実現した。しかし南オセチア紛争では、軍事力の不足を知らされた。そしてウクライナとその後のシリアでは全く新しい軍事システムを用いてうまくやった。無人兵器・長時間センサー・精密火器とLittle Green Menで高速化したkill chainを実現したのである。これは20年以上前にアメリカでMarshallが考えたものの一部の実現であった。これを指導したのがロシアのワレリー・ゲラシモフ参謀総長であった。彼は、直接軍事的な手段に限らず、政治的・社会的に弱点を探して、ひそかにそこを軍事力も利用して攻撃する方法を考えた。軍事・技術・情報・外交・経済・文化など多面的に総動員して組み合わせ活用するもので、ゲラシモフ・ドクトリンとも呼ばれる。これはグルジアで育成され、ウクライナ、ヨーロッパで適用され、2016年にはアメリカ大統領選挙にも応用されたという。それはアメリカの民主主義を失墜させるためであった。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020(5)

2.Little Green Men and Assassin’s Mace(1)

Little Green Menの登場
 2014年2月27日ウクライナ騒乱が勃発した。ロシア寄りのヤヌコーヴイチ大統領が失踪し、急遽新大統領トゥルチノフとヤツェニュク首相が新体制を発足させた。するとロシアのプーチンはクリミア半島のロシア系住民の保護を理由として軍事侵攻した。
 このとき重装備とマスクをしたLittle Green Menが突然現れた。これはロシアの特殊部隊であった。顔を隠した彼らは、すぐにウクライナ東部と南部を占拠してクリミアを分割し、キエフのウクライナ人25,000人を半島から排除し、クリミアをロシアの支配下に組み入れ、3月21日それを宣言した。ヨーロッパ大陸の国境線が暴力で変更されたのは、第二次世界大戦後初めてのことであった。
 Little Green Menはさらにウクライナ東部に入り、ロシア系住民を蜂起させた。注目すべきは、彼らは電子兵器、通信ジャマー、対航空兵器、長距離高精度ロケット砲など、アメリカ軍にないような新しい武器を持っていて、しかも有効に使ったのである。ウクライナのドローンはジャマーの攻撃で墜落し、ミサイルも止められ、直ちにロケット砲で攻撃された。Little Green Menの無人ドローンは正確にウクライナ軍の真上に来て、攻撃は命中した。ウクライナは防備の薄いところでは皆殺しにされた。塹壕は無人兵器で火の海にされ、クラスター兵器で全滅された。兵器だけではなかった。ある知られた優秀なウクライナの武官の母は、突然「息子が重症」との電話を受け、母親の自然な心情から驚愕・心配してすぐに息子の秘密電話番号に電話したが、それに返事しようと息子の武官が母に電話をかけたところ、その電話から居場所を検出したLittle Green Menは、その武官を狙い撃ちで爆殺した。Little Green Menこそは、Russian reconnaissance-strike complexであった。おなじ技術は翌年シリアに導入され、アメリカ軍は後に1年間苦戦を強いられることになった。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020(4)

1.ヨーダの革命(続)
テロとの闘い
 折しも2001年1月、Donald Rumsfeld(1932-)が国防長官に任命され、Marshallも彼に期待した。ところが9か月後に9.11アメリカ同時多発テロが発生した。これが以後すべてを悪い方向に変えたと言われている。
 George.W.Bush(1946-)大統領は、テロとの闘い=Global war on Terrorismを前面に主張しはじめた。これ以後、テロ対応として中東やテロ組織との戦争が20年続いているが、弱小の敵には勝てても、中国のような大国に勝てるような備えはまったく進んでいない。巨大な敵があり得ること、その戦いに備えることが必要なことが、まったく理解されていない。これは想像力の欠如の問題である。Rumsfeldは、軍の変革を考えたようだが、現実にはなんの進展もなく、莫大な軍事予算は古い伝統的な、しかしカネのかかる既存の装備の修復や保守に費やされた。
 オバマ大統領になると、さらに楽観的な見方が進んで、もはや戦うべきものは敵ではなく、Bushが積み上げてしまった軍事力を間違って行使することを戒め、これから大切なことは国民形成=nation building at homeであるとして、軍事削減を進めた。
 ロシアとの関係は良くならず、中国にターゲットを絞ることもできず、かわりにアフガニスタン、イラク、さらにリビア、イエメン、シリアなど弱小相手に戦争を繰り返しながら、予算を減らしつつもミッションは増加するという最悪の道を進んだ。
 これらの事態のなかで、2014年を迎えた。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020(3)

1.ヨーダの革命
冷戦の終了とMarshallの警告
 Andrew Marshall(1921-2019)というアメリカ国防官僚がいて、その叡智と辣腕からSF名作「スターウォーズ」のヨーダYodaと渾名されていた。
 イラクのクウェート侵攻に対する1991年のアメリカ軍のイラク爆撃は、半年の周到な準備ののち海上から行われたもので、100時間で戦争は終了したが、イラク軍はただ見つめているだけでなにもできなかった。アメリカ軍の129人の死者に対して、イラク側には1~10万人の死者が発生した。ロシアはこれを見て、reconnaissance-strike complex=偵察と爆撃の複合戦術と評価した。しかしMarshallは否定した。この戦争では、アメリカ軍はその20年前のベトナム戦争とおなじ古い兵器と戦術を行使したに過ぎない、としたのである。このあとMarshallは、たとえ10~20年かかってもアメリカ軍の根本的革命=revolution in militaryが必須だと主張した。しかし誰もまともに受け取らなかった。冷戦が終わったばかりで、ソ連はなくなりロシア以下の小国に分裂し、中国はまだ貧しく、アメリカに対抗しそうな国はなく「アメリカは世界の独占的強国=hyper power」となったと浮かれていた。
 ただアメリカの政府や軍部でも、軍の革命=revolutionあるいは変革=transformationの必要は叫ばれていた。しかしそれは流行語=buzzwordに過ぎず、内容的には軍事力を向上する方向にはなく、軍縮、軍事予算削減が進むのみであった。
 1999年のユーゴのミロシェヴィッチによる民族浄化、コソボ紛争での爆撃なども、アメリカは安全な場所から圧倒的軍事力で弱い敵に攻撃を加えただけであり、アメリカは自らがhyper powerであることを確認したに過ぎなかった。
 危機感をもつMarshallは、Robert MartinageとMichael Vickersの2人の防衛専門家を指名して、US Armyの世界での正しい位置を分析させた。2001年に彼等2人がMarshallに報告した検討結果は、アメリカにとって驚くべきものであった。たとえば中国は、ターゲットの迅速な検出、多数の精密なトラッキングができる兵器、超長距離兵器、さらには宇宙空間の軍事利用、無人兵器の開発など、アメリカが未だ十分に取得していないような装備を持ちつつあり、アメリカ軍の通信も兵站も直ちに破壊できるほどの能力を持ちつつあると。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”(2)

Introduction: Playing a losing game
 US army(アメリカ軍)は、現在重大かつ深刻な危機に瀕している。しかも最大問題は、その危機を多くの人々が自覚していない、理解していないことである。その危機とは、アメリカが中国に軍事力で負けるという懸念(大きな可能性)である。これこそが、この本を記した理由である。
タイトルのKill Chainとは、軍事用語で以下のような軍事的行動の一連のフローのことである。
①何が発生したのかを知る
②何をすべきか決断する
③目的を達成するために行動する
 目的としてKillingを含むが、軍事的行動の場合でも非暴力的、非殺害的な、戦闘を短縮するための行為もありうる。不必要な落命を防ぐことも重要である。
 この3段階を完成することを「kill chainを閉じる=close the kill chain」という。敵のこの3段階を止めることを「kill chainを破る=break the kill chain」という。
 kill chainをいかに速く、正確に、有効に実行できるかで、戦いの勝敗が決まる。軍事力の目的は、つきつめればそれをいかに達成するかである。
 軍が行うkill chainは、Killという語彙を含んでいかにも恐ろしげだが、基本的な要素は一般人が多様な業務で実行している行動過程と本質的に違うものではない。
 かつて戦争は、たとえば爆撃機が飛んできて、それを見つけて、迎撃を決断して撃つ、というように、この3段階を局地的に行うものであった。それが近年は、情報技術、通信技術の進歩によってネットワーク下での戦争となり、この3段階が遠隔地同士の連携でなりたつような、空間的に分割されて行われるケースも一般的になった。
 軍事の兵器、装備、マンパワーなど様々な構成要素は、つまるところkill chainにいかにかかわり、kill chainをいかにうまく閉じるかを追求している。そういう観点から、現代の軍事力、軍事技術の問題を以下に考える。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020 (1)

まとめ
 Christian Broseは、アメリカ軍幹部のスピーチライター、上院議員時代のジョン・マケインの軍事アドバイザリースタッフ、上院軍事関連委員会アドバイザーなどを歴任した、若手の軍事政策専門家である。The-kill-chain
 この本の目的は、30年前の冷戦終了を画期としてアメリカの軍事が弛緩しはじめ、その間にロシア以上に中国が、著しい経済成長とともに新しい軍事的脅威になってきたこと、その一方でアメリカの政府も軍も、その脅威に鈍感なまま時間が過ぎていることへの切実な警鐘である。おもな内容は下記である。
⑴中国の軍事力は、いまやアメリカを凌ぎ、今すぐアメリカと戦争したら、アメリカは負ける可能性が高い。この重大な潜在的危機が、未だにひろく認識されていない。
⑵その原因は、30年前冷戦が終わったとき、その時の潜在的敵国であったソ連が解体し、まだ中国は貧しく、アメリカに対抗する巨大パワーがなくなって、アメリカが世界のハイパー・パワーとして無敵になったと思い込み、それまでの緊張感を喪失して、それ以後必要な軍事開発を怠ってきたからである。
⑶とくに、軍事技術に最新の先端技術を欠き、全体として金がかかるだけの旧式の軍装備となっている。重要な先端技術は軍事産業でなく、商用技術産業で急速に発展・進歩している。
⑷今後軍事改革を正しく遂行するためには、新技術だけでなく、軍事力全体について「考え方=mind-set」を変えて、根本的に取り組むことが必要である。
⑸これから軍事改革を進めるために、すでに桎梏となってしまった軍産複合体や政治機構の抜本的改革をして、冷戦初期の活力を再現することが必要である。
 アメリカの軍事が、現実にどのような問題を抱えて、また悩んでいるか、はじめて理解できた部分が多々あったという意味で、この本は非常に参考になった。日本人の私としても、この問題は決して他人ごとではない。あらためて、私自身を含めて「平和ボケ」を自覚した。
 私個人としては(5)の部分の政治的・事務的手続きの問題、つまりこの書の11~12章は、アメリカの内部事情がほとんどであり、あまり興味がわかなかった。
 文章としては、英語は比較的簡明で論旨も明瞭で読みにくくはないが、本の全体構成としては重複や冗長がかなりあり、もっと整理して著述することができたように思った。

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新型コロナウイルス対策での休業自粛要請と休業補償について

 新型コロナウイルス肺炎の蔓延によるパンデミック騒動のなかで、かつて経験したことのない奇妙な事態にいろいろ遭遇した。
 そのひとつが「新型コロナウイルス対策での休業要請と休業補償」である。果敢にコロナ危機に立ち向かう姿勢が大勢の喝采を得て、きわめて人気の高い吉村洋文大阪府知事も「休業自粛要請とそれに対する休業補償はセットであって当然」と公言しており、この考えはすでに広く行き渡ったと思われる。
 しかし私は、ここで冷静に考えて異論を記しておきたい。
 民主主義を基盤とする自由主義経済において、事業立上げは誰にも認められた自由である。しかし事業者はその自由の対価として、事業推進上のリスクを背負わねばならず、基本的にいかなるリスクも事業者の自己責任である。そのリスクにいたる事態は、たとえ事業者が予測できなかったとしても、本来すべて引き受けるべきものである。予測しない台風が襲来した、地震が起きた、などの場合でも、そのリスクは逃れられない。しかし新型コロナウイルスのパンデミックについては、事業者が自己責任として引き受けるべきリスクとしての扱いではなく、政府の補償範囲とする、というのである。
 この政策の正当化の論理としては、政府が保護せずに放置すると、生活保護など結局政府が引き受けざるを得ない保護制度の財務的負担がむしろ増大するから、ということだろうと思う。そういう意味で、きわめて特殊なケースだと理解すべきである。それが今回のパンデミックを経て、特別ではなく一般的、当たり前との共通認識になってしまうと、これは新たな大きなモラルハザードになると思う。今後の正常な自由主義経済における健全な事業活動のために、本当は自己責任なのだが、今回は特別だ、という共通認識が必要である。
 メディアでそういう視点からの議論や指摘は皆無であり、ここでわれわれはよく考えて納得しておく必要があると思うのである。

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コロナ・パンデミック騒動にかんするメディアの問題

 今回の数奇な経験となったコロナ・パンデミック騒動で、メディアについての問題を簡単に整理しておく。
 こういう自然災害に準ずるような大事件の報道では、いちばん大切なことは判明している事象をできるだけ事実に忠実に、できるだけ早く伝達する、ということである。問題の性質上、重要な範囲は非政治的である。しかも、新型コロナウイルスという既知の範囲がきわめて小さい問題の場合、その「未知」「不明」という事実も正しく伝えなければならない。実際、専門家の医学研究者の見解も非常に多様で、極端には真反対の意見もあった。
 そのなかでのメディアの実態だが、不正確な、あるいは誤った情報が、朝から晩までひっきりなしにテレビなどで放送されていた、という事実があった。典型的なひとつの例がPCR検査である。
 PCR検査は、新型コロナウイルスの感染を100%の正確さで判定することはできない。これはかなり早期に専門家から述べられていたことであり、またこの検査に限らず世の中のすべての検査は、そういうものである。新型コロナウイルスのPCR検査の場合、これまで臨床例が少なかったために、とくにその判定の正確さの度合いがよくわかっていない。現在のところ、感度が70%程度、特異度が99%程度と推定されている。感度70%というのは、100人の罹患者がいれば、そのうち70人は陽性として検出できるが30人は見落とす、見逃すということである。特異度99%というのは、罹患していないひとが100人いても検査したら1人は陽性=罹患者と判定してしまう、ということである。東京都の人口を仮に1000万人として、5000人の罹患者がいるとすると、この全員にPCR検査をしたとき、3500人の罹患を検出できる一方で、(1000万人─5000人)×0.01=99,950人を、実は罹患していないのに罹患している(陽性)と判定する。そして1500人の罹患者を見逃す。つまりPCR検査が「陽性」と判定したうち、わずか3.4%だけが検出したい罹患者で、残り96.6%の「陽性」と判定されてしまった人々は罹患していないのである。感度70%なら罹患した人でも30%は見落とされるから、PCR検査「陰性」だからといって安心できるわけではない。PCR検査で「罹患していない」と「保証」することは不可能なのである。法定伝染病なのでPCR検査が「陽性」なら、当初は入院措置だったし、最近でもホテルないし自宅で待機して厳しい行動制限が要請される。それが本来不要なのに10万人近くが発生するのである。たとえ一部のみ入院だとしても、すぐにベッドが払底して、ほとんど無意味に医療崩壊となる。罹患の可能性が高い人にのみ検査するときは、感度で検知する「陽性」の比率が、特異度で誤って「陽性」とする数に対して相対的に大きくなるから、無駄な(誤りの)「陽性」を抑えることができる。わが国が採用した、罹患している可能性が高い人を選んで検査するという方法は、「医療崩壊を防ぐ」という目的に照らして合理的な面をもつのである。ついでに指摘しておくと、6月後半から東京都の新規感染者が再び増加と喧しいが、このひとつの要因が、1日あたりのPCR検査数が4月ころの1日あたり約500件から約2000件に増えたことが当然ある。特異度が99%なら検査数の1%が「陽性」になるので、2000件なら20人が、実はなにも感染していないのに「感染者」としてカウントされるのである。感染を正しく検知することは、これくらい難しいという事実は国民が理解すべきだし、その周知にメディアが貢献しないのは異常だし怠慢だろう。
 数値的に考えればごく当たり前のことなのだが、すべてのメディアはこれをしない。かわりになにも考えずなにもわからずに「PCR検査をどんどん増やすべきだ」、「韓国のようにPCR検査が大量にできないかぎり、ほんとうの感染状況は把握できない」などと間違ったことを繰り返し喚き続けてばかりであった。「PCR検査をしてくれさえしたら、陰性だと安心できるのに」などという誤解にもとづく市井の声を、繰り返し放送していた。しかし上記のPCR検査の基本的な限界の問題については、当初より一部の報道では専門家が話したり書いたりしていたことであった。番組に出てくる「識者」「コメンテーター」なる者たちが、いかに勉強不足か、なにもわかっていないか、のほんの一例である。ついでに言っておくと、最近新型コロナウイルスのワクチンの開発についても話題になっているが、そもそもワクチンなるものは、完成して実用化がはじまったとしても、その効力も検査と同様に100%ではないのである。ワクチンがあれば100%安心ということにはならない。そういう厳然たる事実・現実も、メディアはきちんと伝える責任があるはずである。
 かようにまともな知識がない、より厳しく言えばまともに知識を得ようとしない特性を有する「識者」「コメンテーター」が「自分はすべてよく知っている、わかっている」という顔をしてエラそうに放言を繰り返す。さらにはいわゆる芸人、俳優、ミュージシャン、ラッパーなどなど、この分野に素人で報道にも素人のさまざまな人たちが入れ替わり立ち代わりいい加減なこと、思い付きをしゃべり散らかす。さらにくわえて、スポーツ新聞やネットなどでは、それら素人の発言を「○○が持論を展開」などと繰り返し取り上げる。言論の自由があり、誰がなにを発言しようと、それ自体は結構なことであるが、たいして意味のない発言を、繰り返し紹介することにどれだけ意味があるのか、それがメディアの使命に則るのか、その内容の事実関係がまちがったものであれば、大きな実害が発生するのである。テレビなどのぶっつけ本番的な番組では、どうみてもその場の思い付きにすぎない発言が多すぎた。
 そして冒頭にのべたように、新型コロナウイルス問題は基本的に非政治的なイシューである。正確にいえば、「政治党派的」なものではない。しかるにテレビなどの報道やバラエティー番組では、きわめて「政治党派的」な意図、端的には「反安倍的バイアス」が多々あった。「反安倍」「安倍憎し」などの政治的立場や発言そのものは、個人の思想信教の自由、言論の自由の原則から、一般論としてはあっても当然で問題ではないが、新型コロナウイルス問題に無理やりこじつけたような扱いが多すぎた。
 こういう特殊な非常事態に対処するには、まずは「政治党派」に関係なく政府のリーダーの指揮を尊重して国民が整合的に行動しなければならない、そうせざるを得ない、ということがある。大勢の当事者たちが、それぞれ勝手な方向に区々に行動したら、銘々が大変な努力を傾注したところで達成できることは限られてしまう。実際、今回も大部分の国民は結果として政府の指揮にしたがって協調して行動した。しかるに、政府がなにか発信するたびに、誰にとっても初体験でわからないことが多いのにかかわらず、どんな結果になるかもわからないうちから、メディアでは何に対しても否定的発言を繰り返す、ということが多々あった。論理的に反論するならまだしも、感覚的・感情的、さらにはさしたる根拠もなく「・・・のような気がします」などと繰り返すような無責任な発言が多すぎた。
 途中から私は、ニュースを含めてテレビをあまり見なくなったので、垣間見る範囲に過ぎないが、民放の大部分のニュースやバラエティー番組が事実の伝達よりも「識者」「コメンテーター」「芸人」たちの「感想」「意見」「(誤った)解説」に終始するのに比べて、相対的にはNHKのニュース番組が淡々と事実を伝達していたように思えた。やはり民放の場合は、「視聴率」という桎梏があるのだろう。
 このような、私から見たら実に情けないメディアの状況をみると、メディアに反省を求めるよりも、それを見たり聞いたりする我々自身の側でしっかりと情報の選別と評価をしていく必要を、今回のコロナ騒動で一層強く感じた。

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コロナ・パンデミック騒動と対応政策

 2020年は、思いもかけずコロナ・パンデミック騒動の歳となった。年明け早々中国武漢の遠方の「ひとごと」として発生を知り、やがて横浜港着岸の大型クルーズ船での集団感染で身近な問題となった。2月から日本国内にも感染がひろがりはじめ、3月から日常生活のさまざまなところに支障が生じるようになり、4月にはパンデミックがピークを迎えた。その後は穏やかに感染拡大が終息へ向かうかのような気配も感じられるが、まだ予断を許さない「ウイズ コロナ」の生活が続いている。
 これまでの推移について、政治対応の面から簡単に振り返っておく。
 私のような老人の短くもない人生で、このようなパンデミック騒動は初体験である。現在生存している人々にとって、とくにわが国の人々にとって、ほんとうに未経験の事象であった。世界的にも新型コロナウイルスというものについては、蓄積された知識が乏しく、わからないことだらけの問題であった。
 これに対する日本政府の対応であるが、一言でいうと大失敗でも大成功でもない。未体験の事件へのはじめての対応なので、行届かない点も多々あったし、問題もあったが、原因不明のままの要因も含めたうえで、結果は世界的にみてまずまず上出来であった。
 政府はまず横浜港に寄港していたクルーズ船内での集団感染に対して水際対策を図ったが、結果的にはうまくゆかず、国内への感染を抑止できなかった。これは中国武漢のウィルスだとされている。3月には、大学卒業生のヨーロッパ旅行などによるヨーロッパ型のウィルス感染が加わった。検査によって検出された感染者数のピークは4月中旬であった。そしてその感染者検出数の急増に対して、政府は4月7日から16日にかけて緊急事態宣言を発令し、段階的に範囲を拡大して、経済活動をはじめとする国民の行動に対して広範囲に自粛という形で制限を加えた。そして5月7日から25日にかけて段階的に自粛規制を緩和・停止した。
 自粛という形ながら、これによる国民の経済活動と日常活動への影響は甚大で、生産・教育・レジャー・医療など広範囲にわたってひとびとの行動が一変した。当然、仕事ができなくなり、収入が絶たれて困窮する人々が多数発生し、学校教育も大きく制約を受けた。
 政府は、緊急事態宣言の必要性・目的を「医療崩壊の防止」と説明した。そしてその範囲では成功した。問題は副作用として大きく経済が落ち込み、生活に困る人々が多数発生したことである。学校教育も滞った。
 緊急事態宣言の発令が遅すぎた、そもそも必要がなかった、実は効果がなかった、などのさまざまに批判も出ている。しかし、国民のすべてが初体験であり、世界的にも良くわかっていない新型コロナウイルスという未知の敵を相手にする闘いであり、ここまでの流れにかんしてはやむを得ない範囲であり、結果的にはとても上首尾とは言えないとしても、まずまずマシなものであったと評価する。
 ただ、これから第二波、第三波が襲ってくる可能性は否定できず、これまでの経緯と知見をきっちり整理・検証して、失敗した点は改め、成功した点は補強を図らねばならないことは言うまでもない。
 結果的には世界の中で、感染者数も死亡者数も目立って少ないという事実がある。これも冷静にみると、東アジア・東南アジアや一部オセアニアは日本とおなじ傾向にあるので、日本だけの特徴ではなさそうである。山中伸弥先生がいう「ファクターX」は、日本だけのことではないのである。
 PCR検査などで検知できる感染は、罹患してから1週間程度の時間的経過を必要とするので、今回の日本の場合ほんとうの感染のピークは3月下旬であり、緊急事態宣言は実はすでに感染がピークアウトした大分後であったという指摘は説得力がある。緊急事態宣言は、国民生活や経済活動に対する影響が非常に大きいので、第二波以降に対してどのように判断しアクションすべきか、難しい問題だが真摯に科学的に検討を加える必要がある。
 ただ、明らかに失敗というか不具合であった問題もある。マスクの払底への対策として国民全員を対象として配布した布製マスクや、一人あたり10万円の特別定額給付金は、対策として必ずしもわるくはなかったと思うが、国民に届くまでの時間がかかり過ぎた。これは明らかに行政の能力の問題である。ここで私が懸念するのは、役所の役人が怠慢であったがために大きく遅延した、というのであれば、叱責するなり懲罰するなりで済むけれども、実は大変な労力を投入して懸命に努力したうえで遅延した、という事態なら、それは深刻な問題である。公務員の仕事は、全体として効率の改善や合理化が大きく遅れているというようなことがないのか、今回の経験から真摯に検討・対策していただきたい。

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ポーランドの映画ポスター展 京都国立近代美術館(5)

ポーランド以外の各国の映画のポスター(下)
 「昼顔」(1970)は、世界的に大ヒットしたカトリーヌ・ドヌーヴ主演の名作である。裕福なのに興味から時間限定の娼婦となったヒロインを、娼婦としての時間のみを残す時計の文字盤と、眼を隠す顔として描いている。この映画の魅力を暗示する表現として、ひとつ納得させるものがある。Photo_20200703080801
 「暗殺の森」(1970)は、この展覧会自体のポスターに採用されたベルナルド・ベルトルッチ監督作品である。イタリア、フランス、西ドイツの3か国の共同制作の映画で、原作の原題は「順応者」で、ポスターの下段にポーランド語で書かれている。ファシストの命令に徹底して従順にしたがって反ファシストの夫妻を暗殺する主人公は、幼い時に同性愛者の相手を間違って殺したトラウマを背負っていた。後にその事件の真相を知り、さらに命をかけたファシズムが敗戦で崩壊し、とうとう自分自身の崩壊を迎えるという物語である。ポスターは、自分自身の顔と頭脳をかたくなに封印した主人公の男の絵である。反ファシズムは社会主義政権のモットーとされていたから、このような表現はポーランド国家にとっては受け入れ得るものなのだったのだろう。外からシニカルに見れば、社会主義ポーランド自身がこのような「順応者」を、国民に強いていたのであった。ポスターのデザイナーは、実はそれがわかったうえで、皮肉としてこの作品を描いたのかもしれない、とも思いたい。
 全体の作品数は、会期中の入れ替え作品がいくらかあったため80点余りで、私の鑑賞可能のキャパシティからみてちょうどよい規模であった。精神医学的、心理学的には、非常に繊細で微妙かつ複雑なテーマを扱いながら、かなり思い切った斬新な表現を積極的に取り入れていて、私の当初の期待を大きく上回る興味深い、印象的な鑑賞となった。あわせてポーランドの戦後には、興味深い映画作品がかなりありそうなことも、あらためて知ることになった。私はこれまでポーランド映画は、ごく少数しか観ていないので、これを機会に積極的に鑑賞するようにしたいと思った。

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ポーランドの映画ポスター展 京都国立近代美術館(4)

ポーランド以外の各国の映画のポスター(上)
Photo_20200701061001  社会主義体制下のポーランドでは、外国の映画のポスターはすべてポーランドのなかで独自のものを制作することが求められた。それは当然ながら日本映画も同様であった。社会主義国家のなかに、映画製作国のプロダクションが映画宣伝に介入することは許されなかったのである。それは当然映画の解釈や宣伝方法に、ポーランドとしての偏りを発生したが、その半面では海外から新しいテーマを得て、映画ポスターというジャンルの芸術を実験的・挑戦的に創作するチャンスとなり、独特の多様な作品が創作されることにもなった。そのような範囲の中で、自由な作風が開発され、アール・ヌーボー、ポップ・アートがポーランド独自の発展を遂げたのであった。
 「めまい」(1963)は、アルフレッド・ヒッチコックの代表的作品で、キム・ノヴァクが主演したヒット映画である。仕事のストレスによる高所恐怖症、亡霊の恐怖、不思議な因縁をともなう恋、複雑で周到な完全犯罪、人間の心の深い闇など、さまざまな不条理を折りこんだ物語である。ロマン・チェシレヴィチによるポスターは、髑髏の頭部に狂気を表わすのか多重の円が色を変えて描かれている。たしかにこの物語の不気味さをいかんなく表わしていると思う。

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