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2020年9月

John P.Carlin "Dawn of the Code War"(11)

第1章 The Rise of the Hackers
1.5.国際的Cyberattackの本格化
(1)ロシアの空軍攻撃
 1998年3月、Wright Patterson Air Force Baseで新しいハッキングが確認された。オハイオの基地、メリーランドの軍研究所にも同様に侵入があり、探索の結果ロンドンのサーバーからの侵入と判明し、さらに遡ってモスクワのコンピューターであることがわかった。ターゲットは拡散していて、大学、商業サイト、政治サイト(DOD、ロスアラモス、サンディア、ローレンスリバモア、ブルックヘヴンなど)広範囲に侵入されていた。
 技術的に優れたハッカーで、手の込んだ慎重かつ執拗なハッキングであった。痕跡を巧みに残さない工夫が導入されているという特徴もあった。この事件は”Moonlight Maze”と名付けられた。
 調査・分析の結果、状況証拠を積み上げるとロシアの関与が濃厚と判断された。このようなかつて経験したことのない激しい攻撃に対して、これを「戦争」と捉えるべきか否か、FBIも悩んだ。ホワイトハウスの承認を得て、「米ロ共同のサイバー問題に対する法的対処の協議」という形で、ロシア政府に正面から掛け合うことになった。
 長時間の協議の末、ロシアは関与を認めたが、アメリカは追加すべき有力な、決定的な証拠を得ることはできなかった。これは犯罪の問題という以上に国家安全保障の問題である。ロシアの諜報員がロシア政府の許可を得て実行したものらしい。
 引き続いてのロシアからのスパイ活動を防ぐために、アメリカはすべてのシステムのパスワードを変更せざるを得なかった。サイバースペースは、もはやオタクgeeksのものにとどまらず、兵士や軍のものとなってきた。
(2)大規模DDoS攻撃をしかけた少年
 2000年のミレニアムを超えるとき、世界各国と同様にアメリカもY2K問題でひやひやし、また費用もかかったが、そのあと21世紀最初のCybercrimeの首謀者は、またしても10代少年であった。
 2月7日早朝、YahooサイトがDDoS攻撃でオーバーフローして停止、続いてeBay, amazon, CNN, ZDNet,その他の主要なサイトが攻撃を受けて停止あるいは停止同様な状況に追い込まれた。損害額は約$1Bにのぼった。
 犯人はMichel Calceという逮捕時点で15歳の少年で、6歳のとき離婚した父親からパソコンを与えられ、AOLをただ乗りするphreakerとなり、インターネット漬けとなった。幼少期からハッカーとして活動を開始し、防護のゆるい大学のネットワークに入り、そのネットワークを組み合わせて強力なツールを作り上げた。そして14歳でこの犯行に及んだ。彼は取り調べで、犯行についてなんの呵責も反省も感じていなかったという。
(3)中国との初めてのCyber War??
 2000年4月、G.W.Bush大統領政権の初期に、アメリカ空軍の偵察機が海南島近くの上空で中国空軍爆撃機に衝突され、やむなく海南島に不時着するという事故があった。アメリカ軍偵察機は乗員24人とともに海南島に留置された。
 この事件発生の直後、PoizoBoxというアメリカのハッカー・グループが、”We will hate China forever”とメッセージをつけて多くの中国のウエブサイトに侵入し破壊した。これに対して中国のハッカー・グループは、5月1日メーデー(中国共産党の祭日)にホワイトハウスのネットワークに侵入してDDoS攻撃を仕掛け、停止させた。さらにアメリカを罵倒するメッセージを付けて全米1,000以上のウエブサイトに侵入し、破壊した。New York Timesは「最初のサイバー戦争」と報じた。このオンライン紛争をどのように扱うべきか、アメリカ司法省は解答を持っていなかった。
 このときの中国側の首謀者は上海交通大学の愛国的コンピューター技術者であることが分かっている。しかしこのときは、中国政府はその中国側ハッカーたちと距離を置いて、米中両国のCyberattack当事者の双方を公式に非難した。
(4)フィリピン人の”I Love You”メール事件
 2000年5月、”I Love You”ではじまるemailが全米50州とさらに世界中にわたって送付された。他愛ないメールだが、人情としてふと気になって添付ファイルを開いてしまうひとが多く、開いたときに感染する仕掛けである。ウイルスの感染は急速に拡大し、世界で5,000万件、$5~8Bの損害、修復に$150Bという莫大な被害をもたらした。
この事件はアメリカ当局に、簡単に世界全体にサイバー攻撃が拡散して、莫大な被害をもたらすことをあらためて認識させた。

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John P.Carlin "Dawn of the Code War"(10)

第1章 The Rise of the Hackers
1.4.アメリカ政府の初期のハッカー対応
 1990年代の後半になってようやくアメリカ政府は、外国からのインターネットを介してのスパイ行為の可能性、ディジタル環境進展にともなう安全保障の環境変化について理解しようとし始めた。
 ペンタゴンが組織内にハッカー問題のチームをつくって、自身のネットワークをテストしてみた。すると8,932のシステムのうち、7,860(88%)が容易にハッキングできることが判明した。そして390のユーザーがハッキングを受けたことを検知して、そのうちわずか20人のみが被害の件を報告していたことがわかった。
 新しい商業用ウエブamazon.comが公開されて2週間後の1997年5月、FBIはCarlos Salgato Jr.というハッカーを逮捕した。Smakという名でオンラインに入りこみ、10万枚のクレジットカード情報をインターネット・プロバイダーから盗み出し、CD-ROMに書き込んでそれを$260,000.-で販売していた。オンラインの窃盗で得た情報でどのくらいのカネが得られるのかを見積計算した、おそらく最初のハッカーである。この時点では、FBIもオンライン販売事業者も、ともにコンピューター・システムの脆弱さが知られることでそのビジネスが信用を失ってしまうことを恐れた。このような事件が発生した時、会社は事件をFBIに届け出るよりも、盗まれた損失分を自分で補填するのではないか、と政府は推測した。
 1998年1月、クリントン大統領とモニカ・ルインスキーのスキャンダルの最中、アメリカ上院諜報委員会が、国家への将来の脅威についてのヒアリングを招集した。そこでは、すでにコンピューター・システムに大きく依存し始めたアメリカ社会において、Cybercrimeに対する脆弱性は大きな問題になると認識された。
 1998年2月、これからまさにサダムフセインのイラクへ空爆に出撃しようというその直前に、突然Andrews Air Force Baseのネットワークにハッキングが確認された。その1週間後にも、こんどはLackland Air Force Baseに対して、同様なハッキング(クラッキング)があった。ネットワークに、つぎの段階のハッキング行為の準備たるback doorの創設までされてしまって、軍内では大騒ぎになり、国防副長官John Hamreはクリントン大統領に「これが最初のCyber Warかも知れない」と告げた。しかし幸いにして、それ以上の進んだ攻撃はなかった。
 この事件は”Solar Sunrise”と名付けられ、疑わしいネットワーク接続を詳細に調査した。その結果、めぐりめぐって2人の14歳の高校生が犯人だとわかった。彼らは、ハッカーの第三者にトレーニングを受けて、気軽にハッキングを試みたのであった。もしプロのハッカーが確信犯的に実行していたなら、大変なことになったかも知れない。

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John P. Carlin "Dawn of the Code War"(9)

第1章 The Rise of the Hackers
1.1. Digital Gridlock
 著者が遭遇した最初のコンピューター犯罪は、Digital Gridlockと呼ばれる私的な仲間の間で非合法なファイルを共有するシステムであった。当時のアメリカ合衆国司法省では、同じ部署が知的財産intellectual propertyとコンピューター犯罪computer crimeの両方を管轄していた。コンピューター犯罪は、単独の部署が必要なほどには案件数が多くなかったのであった。そして、Digital Gridlockに対しては、知的財産の問題は問えても、コンピューター犯罪にはあたらない、というのが司法省の見解であった。

1.2.Napster事件(著作権侵害事件)
 1994年発足したNapsterという音楽のファイル共有サービスが、オンラインでの最初の明確な問題として2004年に訴訟が起こった。130万人以上の加入者を有する音楽サイトで、音楽・映画・ソフトウエアの非合法の共有が存在したのである。これはかつてない規模の著作権侵害事件として扱われた。しかし法律家はそれまで、物理的事象の押収、検査、逮捕は手慣れていたが、ディジタル世界は勝手が違った。しかし不法は不法としてきちんと対処する必要があるので、必要な法的整備も検討必要、と考えていた司法省にとって、この大規模な事件はよいターゲットとなった。著作権侵害として最終的に4人を有罪としたが、大変な投資・時間・資源投入を要した。犯罪を法規制で裁くだけでは、問題の解決にならない。

1.3.ハッカーの登場
 ハッカーの前駆的存在は、AT&Tの電話をタダで使って会話するもので、1970年代から現れ、phreakerと呼ばれた。1969年サービス開始したALPANETは1980年代初頭までは256しか加入できなかったが、1983年TCP/IPの導入により加入者数の制限がなくなり、急速に利用者が増加した。
 早速1982年には、Neal Patrickという17歳の少年が、政府のコンピューター・システムに侵入した。DECのシステムが、パスワードをデフォルトのまま変更設定していなかったのである。事件は判明したものの、ハッカーを裁く法律がなかった。事態を深刻に受け止めた政府は、法的整備の検討を開始した。
 1983年、南カリフォルニア大学の大学院生Fred Cohenは、システムに移植すると自己複製して増殖するソフトを開発して”Computer Virus”と命名した。
 1989年、Turing Awardを授賞した研究者Ken Thompsonは、その授賞記念講演で技術者の倫理、コンピューターの犯罪に対する脆弱性、コンピューター犯罪の可能性について、警告を発した。
 1986年4月、ニュージャージー州議会議員William Hughesは、”The Computer Fraud and Abuse Act (CFAA)”をコンピューター詐欺と不正使用に対する法律として、アメリカで初めて建議し、成立した。
 1988年11月、コーネル大学院生Robert T. Morris Jr.は、オンラインシステムの評価のためのソフトとしてつくったものが、作者の想定をはるかに上回る速さでネットワークに拡がり全米の8~10%のシステムが感染する大騒動となった。このとき、FBIにはCybercrime担当官はひとりしか在籍していなかったのである。Morrisには悪意はなかったことが確認されたが、このような行為がcost freeで済まされると、以後悪意な同様の事件の出現も想定され、司法省は対応に悩んだ。彼は、アメリカのハッカー規制法の初めての対象者となった。現在でも、ロースクールの教科書に、むずかしい裁判の例としてこの件が掲載されている。
 インターネットは、当初は法的に規制があって商業用には利用できなかったが、1990年代はじめから規制緩和され、以後商用への利用が拡大していった。
 やがてアメリカ軍も関心を深めるようになり、1992年ペンタゴンはInformation Warfareの検討を正式に開始した。
 1993年、コンピューター・セキュリティー国際会議DEFCON=Defense Readiness Condition(防衛準備体制)が開催され、ハッカーも参加して議論がなされた。しかし本当のコンピューター犯罪は、まだ起こっておらず、警察の新しいdigital worldへの関与も未確定であった。

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John P. Carlin "Dawn of the Code War"(8)

Introduction The Code War
5.Cyberattack, Cybercrimeに対するアメリカの基本的態度表明
 オバマ政権の8年間のほとんどの期間において、サイバー犯罪に対して積極的に法的措置が実行されてこなかったという事実があった。2016年3月の1週間、オバマ政権は末期であったが、インターネットにかかわる犯罪の悪い潮流を変えることを示す目的で、まずサイバー犯罪の容疑者たちを逮捕し相次いで起訴し公表した。
(1)シリア電子軍Syrian Electronic Armyのハッカー3人の起訴
シリア電子軍は、独裁者Bashar al-Assadを支持するハッカー集団で、2013年4月、オバマ大統領がホワイトハウスで爆弾攻撃を受け負傷したという偽ニュースを仕組んだ。これはアメリカ株式市場を一時的に$136B急落に陥れた。
(2)中国人ハッカーSu Binの起訴
Su Binは、カナダで航空宇宙関連企業を経営していたが、ボーイングBoeingを含む米国の複数企業から輸送機や戦闘機の開発計画を含む企業秘密を盗んだ。
(3)イランのイスラム革命防衛隊のハッカー7人の起訴
アメリカの金融機関のネットへの侵入とニューヨーク州の水力発電所の運用ネットワーク・システムへの侵入。
 そしてアメリカ政府として、サイバー犯罪に対する基本方針を明確に公表した。特定の行動の背景には特定の権力・人物が必ずいるのであり、その解明に全力を挙げる。以下の3点である。
(1)アメリカ国内にむけて
アメリカは、国家安全保障の法律と正統的な犯罪訴訟制度を、内外問わずサイバー犯罪に対して厳格に適用していく。特定の行動の背景には特定の権力・人物が必ずいるのであり、その解明にアメリカの法律を活用する。
(2)民間private sectorに向けて
これまでは民間あるいは個人が単独でCyberattackと戦ってきており、政府が十分な支援をしてくれなかったという不満を理解している。これからはアメリカ政府が表に出て解決に努力する。
(3)外国の敵foreign adversariesに向けて
オンラインであれ、オフラインであれ、アメリカはCyberattackを許さないunacceptable。オンラインの行動規範を、実空間と同様に条約、協定、合意事項などの国際間合意として確立したい。ヴァーチャルの場合でも、リアル空間のスパイと全く同様に対処する。
 これまでサイバー空間での犯罪は、アメリカ政府もほとんど何もせず、実質的に自由でコストフリーであるかのように扱われることがあったが、今後は厳正に処罰することを含め、実空間と同様に対処していく。

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John P. Carlin "Dawn of the Code War"(7)

Introduction The Code War
4.インターネットがもたらす曖昧さ
 インターネットの発展で、世界はかつて経験したことのない複雑な脅威を経験するようになった。その脅威は、脅威そのものがアイマイで、今後ますますアイマイになりそうなものである。近代国家がこれまで何百年もかけてようやく確立してわれわれの社会に構築してきた国家の仕組み、法の体制のような基本的価値が揺るぎかねないのである。

(1)平和と戦争の境界線をアイマイにした
アメリカには180ページの”US Army laws of Land Warfare”と、ペンダゴンの1,176ページの”Laws of War Manual”がある。これらは、国際法、条約、協定に基づいて、戦争の暴力を合理的に抑制し一般人への影響を最小限にとどめるために作成されたマニュアルである。しかしインターネットは、国家の国民に対して、戦争と平和の境界線を超えたのか否かを不分明にしてしまった。ヴァーチャル・スペースで一線を越えたけれど実空間で戦争には至らない、というCyber Warを仕掛けられたら、どのように判断し対抗すべきなのか。
さらに、国家ではない主体たるISILなどのようなCyber Attackerも存在する。国家対国家としての法的協議も不可能である。
(2)公と私の物理的領域の境界をアイマイにした
冷戦までの世界は、国家が防衛すべき責任範囲は国家の領域として明確で、政府の管理領域provinceであった。しかしオンラインでは、これが国家の領域を容易に超えてしまい、国家権力の手が届かずに、安全・防護の責任を民間企業に任せざるを得ないことになってしまった。2015年オバマ大統領はシリコンバレーで「サイバーセキュリティーは、皆で分担しなければならない。莫大かつ多数のコンピューター・ネットワークは民間セクターの重要インフラであり、政府が単独で実施できるものではない」と述べた。
(3)国家と個人の活動領域の境界をアイマイにした
かつては国民国家Nation Stateが、組織を動員して蓄積した技術を駆使して先端的兵器をつくった。しかしオンラインの普及で状況は大いに変わり、今では大量破壊兵器を学生が製造できるようになった。サイバー空間に限っても、Morris Warmのように最初はCyberattackなど考えずにつくったソフトが、質の悪いウイルス・ソフトとして、武器として普及してしまったこともある。数十年前までは世界最大クラスの国のみができたようなハードあるいはソフトの武器が、豊かでない少人数のテロリスト集団で造ることができてしまう。
Cyberattackを受けた国あるいはグループが、なぜ、誰に攻撃されたのか、不明確で分かりにくいことは多い。永久に不明のままのことさえあるだろう。Cyberattackを受けた国は、いったい誰に対しているのかさえ分からないことも多い。
Henry Kissingerは「アイマイな提携関係にある個人が、野望をふくらませて行動できるとき、国家の正当性の定義はアイマイになる」と言っている。
(4)物理空間Physical Spaceと仮想空間Virtual Spaceとの境界をアイマイにした
かつては、クルマはクルマ、コンピューターはコンピューター、財務表はコンピューター内にあっても、現金は銀行の金庫に存在した。現代のCyberspaceは、物理的ハードウエア(PC、ネットワーク・インフラ)とソフトウェア(コード)と情報(データ)の各要素の組み合わせに存在していて、それぞれの構成要素の効力・価値は、その組み合わせに特定の関係なしには存在せず、相互に決定的に依存しあい規制しあっている。今後はいっそうどこまでが物理空間Physical Spaceでどこからが仮想空間Virtual Spaceなのか、ますますわかりにくくなる。たとえば金moneyは今や大部分は仮想空間Virtual Spaceにある。Bitcoinは仮想空間Virtual Spaceのみにしか存在しない。
(5)国家間の境界をアイマイにした
各国は、他国との法的な相違を前提に、日常の運用に必要な官僚機構をつくる。アメリカでは、CIAはアメリカ以外の国を、FBIはアメリカ国内を管掌する。しかしこの分担は、今や意味を失いつつある。テロは、遠い外国からインターネットを介してリクルートしたテロリストに指令してホームグローン・テロHome Grown Terrorismとなり、Cybercrimeは遠い外国からインターネットを介してWall Streetの銀行から大金を盗む。実行犯は、犯罪指令者の人物をまったく知らず、それまで犯罪に一切関係しなかった内気でおとなしいゲーム好きの少年だったりする。
(6)どんな情報を保護すべき秘匿すべきかの境界をアイマイにした
現代のインターネット社会では、かつてnational secret, personal secretと考えられなかったような情報までもが、武器になったりカネの元になったりすることがある。たとえば、政党の国際交渉記録、公務員のふるい人事情報、健康保険データ、映画スターがアマゾンで購入した買物リスト、など。セルラーフォンのGPSデータ、個人の健康データなども含まれる。
2016年アメリカ大統領選挙時のロシアのCyberattackでは、これらの類の大量のデータが駆使された。
 元来は、冷戦下の、とくに核戦争の可能性をも考慮したアメリカの生き残りのための手段として開発・導入されたインターネットが、いまや上記の6つの問題あるいは挑戦を受けるに至ったのである。アメリカ政府として、この問題あるいは挑戦に対する態度表明が必要となった。

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John P. Carlin "Dawn of the Code War"(6)

3.Cyberattackの進化
 Cyberattackを仕掛けてくる敵は、進化・成長する。これまでほぼ3段階があったし、現在は4段階目に差し掛かっているようだ。
(1)冷静・沈着な中国
中国政府は、オンラインでアメリカ政府からは技術・経済・軍事の情報を、民間企業からは技術と経済に関わる情報を、専ら盗んできた。中国政府は中国共産党を中心に複雑な官僚機構を構成して、相互に競合する派閥もある。Cyberattackでは、攻撃的で強烈ではあるが、理性的・合理的な動きをして、摩擦をできるだけ回避しようとしている。そのインセンティブは、Cyberattackの顕在的・潜在的コストが、それにより獲得できる(盗み獲れる)価値に比べてはるかに小さいことである。被害者のアメリカとしては、中国のCyberattackのコストをいかに上昇させ、Cyberattackが採算のあわないものに変えることができるか、がポイントである。
(2)誰が指令しているのか判然としないイラン
イランは、2000年代後半には、破滅的なCyberattackを仕掛けてきた。こともあろうに、アメリカ・ワシントンのイタリアンレストランで、サウジアラビア駐米大使の暗殺を図ったのである。その後も、ラスベガスのカジノのオーナー、ウォールストリートの金融センターなどをCyberattackしている。これらの周到に計画された非対称的な攻撃たるCyberattackに対して、アメリカとしてどのように向き合うべきなのか、アメリカに政策上の課題をもたらした。いまだにこれらのアクションについて、イラン政府がどの程度関与しているのか、あるいはイラン内部の派閥争いによるものなのか、不明な点が残っている。
(3)予測困難な北朝鮮
北朝鮮のハッカーは、長らく一貫して中国などのインフラに依存しながら、外国の金融機関に侵入してカネの窃盗を繰り返してきた。自国の飢渇をなんとかして免れるためである。しかし2014年にはアメリカ・ハリウッドのSONY Picturesへ侵入して、SONYの秘密情報を盗み出し、アメリカのmain stream mediaを通じてその秘密情報を公開した。すると、メディアを介して事件を知った大衆は、Cyberattackした加害者よりも、被害者たるSONYと、アメリカ政府を非難した。アメリカ社会は、むしろ加害者に加担することを見たのである。
これを見たロシアは、2016年のアメリカ大統領選挙のときに、この傾向を前提に、電子メールへのハッキングとその内容の暴露により、アメリカの民主主義に対する疑惑の生成を目指したのであった。
(4)非国家としてのISIL
現在の新しい動きが、国家を標榜して主張するものの、未だ国家の躰を成し得ないイスラム教徒の一派ISILである。彼らは、実行手段としての暴力行使kinetic attackと組み合わせて、Cyberattackを実施している。ロシアも、ほぼ同様の戦術でグルジアやウクライナへ暴力行使kinetic attackとCyberattackの併用作戦を続けている。
典型的には、Critical cyber infrastructureを攻撃して、電力網、政府や軍の通信網を遮断し、病院を麻痺させて、軍事侵攻に対する反撃を抑えたうえで攻撃をかけるのである。イギリスでは、病院が電気もネットも停止され、救急処置も手術も不可能に陥った。金融機関では、ネットを通じて複数のマシンから大量のデータを送り込んで処理負荷を過大にし、コンピューターの動作速度を極端に遅くして機能停止に追い込むDDoS attackと呼ばれる攻撃をかけ、銀行の注意をそらせておいて現金を盗み出す、という両面攻撃も行われた。今後は、IoTを使った攻撃法がすでに考えられている。
 Cyberattackの次の段階は、相手の社会になんらかの脆弱性をつくることである。従来は、秘密情報を盗む・漏洩する・自国のために活用する、であったが、これからはデータの改ざん、破壊により、われわれの行動基準となる情報の信頼性を棄損することである。銀行はデータの正確さを、軍の将校は場所やレーダーの情報の正確さを疑われるようにするのである。

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John P. Carlin "Dawn of the Code War"(5)

2.Code Warの様相
 Cyberattackは、本来的に非対称的な脅威であり、もっとも弱いところをつけこんで密かに攻めてくる。また、hackerというコトバも広すぎて適当でないかも知れない。たとえばシリコンバレーの大企業Facebook本社の所在地は 1, Hacker Way, Menlo Park, CA である。
 現在のアメリカのCode Warの敵Adversariesは、中国・ロシア・イラン・北朝鮮の4か国である。そして非国家の敵AdversariesとしてISILやSyrian Electronic Armyなどが加わる。これらのCyberattackに対して、Security問題を解決することなどは不可能だとネットに関わらない人が言うが、所詮もとはヒトがやることであり、継続性persistence、資源resource、努力workを傾注すれば、かなりの範囲で対処できるのである。そして容疑者は、解決に協力したり裁判したりすることを拒否するので、だいたいの見通しはつくのである。
 ハッカーは、スーパーマンではなく普通人である。したがってオンラインの上に、かならず何らかの弱み、失敗を残す。不注意、ひとときの忘れ、気づかない足跡footprint、指紋fingerprintなどである。パスワードの再使用、古い技術の再使用、急いでの手抜き、さらに自ら使用したmalwareそのもので自分がバレてしまうという場合さえあった。
 全体として、簡単ではないことを前提の上で、多くのCyberattackは防ぎ得るし避け得る、そして起こってしまったときは、われわれは悪者を探し出すことができる場合が多い、というのが8年間この問題に取り組んだ著者John P. Carlinの意見である。
 Kissingerは「国境を越えて人々をつないでしまうインターネットは、もはや新しい政治だ」という。Carl von Clausewitzがもし生きていたら「インターネットは、政治のもうひとつの方法だ」と言ったのではないだろうか。
 オンラインの戦闘はリアリティにおいて、ヴァーチャルと現実との差が小さい。地政学的にはサイバースペースは現実世界の延長である。したがってそれぞれの国家は、現実世界と同様の行動をする。すべてそれぞれ個性的に、ひそかにデータを盗みだす。
(1)ロシア
民主主義がロシア存続にとって脅威だとみるプーチンは、ロシアと西側との闘いがゼロサム・ゲームだと考えていて、西側民主主義の縫い目につけこもうと奇妙な仕掛けに専念している。
アメリカのもっとも古い敵ロシアは、インターネットのなかで、最初はかなりおとなしく、政治的目的達成のための国家的利益となる情報獲得を目指して潜水艦が水面下で探るように活動していたが、うまく行かなかったようだ。そこで、プーチンの下で育てたスパイ=諜報将校を半ば犯罪的行動に動かすようになったのが現在の状態である。あたかもマフィアの政権のように、政治と犯罪とが一体化した行動となっている。
(2)イラン
過去10年間ほど、アメリカのもっとも危険な敵がイランであった。ペルシア湾でアメリカ大型艦艇に水雷攻撃するなど、アメリカにあからさまに敵対してくるヒズボラを、はたしてイラン政府がどの程度関与し制御しているのか、不明な部分が残っている。イランは国際的制裁を避けるために、種々のオンラインの代理人を使って(実戦でヒズボラを使うように)サイバー攻撃をしかけてくる。
(3)北朝鮮
10年以上にわたってレトリックの闘いを仕掛けてきて、ときに破滅的になりながら稚拙な自惚れとプライドを誇示して土壇場で降りるということを繰り返してきたのが北朝鮮である。リーダーのメンツ維持とカネと盗みを目指して、オンラインではうるさい破滅的な行動でアメリカに仕返しを企んでいるが、北朝鮮は通貨の不足が甚だしく、軍と諜報に対して、成果に応じて報酬を与える(かろうじて与えうる)との方針であり、外国から盗むか奪うかしない限り国が食べていけない状況にある。ここでは偽金も大切なのだろう。
(4)中国
中国は、オンラインでは騒々しく誰にも気兼ねなしに専ら略奪するが、並行して緻密かつ注意深く破滅に至るような攻撃は避けてきた。相手国からその不正行為を指摘・暴露されると当惑することもあった。これまで中国は、経済力と軍事力の少しでも速い向上のために、目的を絞って技術と情報を盗んできた。また、自国内では内政安定化のために、人権活動家を自国内で監視・調査することにも大きな努力を傾注している。

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John P. Carlin "Dawn of the Code War"(4)

Introduction The Code War
1.Internetの出現とCode Warの時代
 この書では、著者John P. Carlinが2016年に職を去るまでに実際に経験した2009~2015年のオバマ政権下8年間のサイバー防御の闘いを中心に、適宜その前後のできごとを補足して述べていく。
 サイバー空間Cyberspaceのコンセプトが出現したのは、1984年カナダ・バンクーバーで発刊された小説William Gibson ,"Neuromancer"であった。
 やがてアメリカで軍事ネットワークとしてアルパネットが現実世界に登場し、インターネットへと進化したが、現在ではインターネットによる生産は年間$2~3Tにのぼる。ところがその20%以上、$600B以上がCybercrimeでハッカーに盗まれているのである。
 中国共産党・人民解放軍は、少なくとも年間$250B以上の企業秘密Trade Secretをインターネットから盗んでいる。ロシアと東欧は、毎年€100M以上をネットバンキングなどから窃盗している。これらのインターネットを介した盗みCybertheftは、アメリカに毎年20万人以上の失業者を発生させている。これらを防ぐためにアメリカは、毎日$2M以上の費用をCybersecurityに要しているのである。
 今後、2020年までにはIOT(Internet of Things)に20B個(200億個)のデバイスが繋がれる。このようにインターネットは、ごく短期間にきわめて急激に、劇的に発展し膨張を続けている。
 初期のインターネットは、小さな共同体のように、同じような考えを持つ者同士が暗黙の信頼を基礎に結合されていた。インターネットが発展する過程で、非倫理的な、非協調的な参加者の問題は、いつも先送りにされてきた。インターネットの危険を防ぐ、安全を保障する努力は、コストと時間を要するため、安全Securityは常に難しい問題であり、とりあえず後回しにしよう、あとでやればよい、という認識であった。しかし1985年からコンピューターの安全Securityに取り組んでいるPeter G. Neumannがいうとおり「実は最初の設計段階から組み込んでおかないと、安全Securityは確保できない」のである。結局、現実は 開発→市場投入→部分的修復→使用再開の繰り返しであり、patch and pray(継接ぎして祈る)なのである。
 かくて安全Securityには十分な認識・注意・投資がなされないままに、世界の人々の生活にインターネットが大きく深くかかわるようになり、莫大な利益とともに大きな不安要因となった。Systematically Underestimated Riskの状態が続いているのである。しかし、IOTにおいても、リスクのないデバイスなど存在しないのである。
 ネット・セキュリティーを考えるには、より強い防御手段のみでなく、政策や法的対抗策を含めて、総合的にリスクマネジメントをより強力な技術とともに創生してゆく必要がある。
 たとえ話として「狼とわら小屋」を想定する。現在のわれわれは、オンラインというわら小屋に住んで、狼が入り口に近づいてきても、シェルターを探さないばかりか、もっと多くのモノをわら小屋に詰め込もうとしているのである。過去25年間のあいだ、価値あるデータ、車も医療もなにもかもを、狼が見つめているのも頓着せずに脆弱な小屋に詰め込んでいるのだ。多くの書物は、狼を探し出して追いかけることを説くが、見つけた狼を捕らえることで問題は解決できない。また別のあらたな狼がやってくるのだ。
 アメリカは、経済・生活・国家安全保障など広範囲の情報をディジタル化してインターネットに結合していて、すでに数十年にわたってインターネットの安全Securityの問題が訴えられているのに、未だに想像力を欠いてリスクを過小評価していることが深刻な問題である。そしてサイバー攻撃Cyberattackは、いつも思いがけないところから、思わぬときに、思わぬ方法、思わぬ形でやってくる。2014年のイランによるラスベガスのカジノ、同年の北朝鮮によるハリウッドのSONY Pictures、2016年大統領選挙時の民主党電子メール、などなど。
 1990年に終結した冷戦Cold Warのあと、現在はコード戦争(サイバー戦争)Code Warの時代である。複雑で多次元的、国際的な緊張であり、政府と民間の両方から関心と協力と投資を求めるものである、など冷戦とコード戦争との共通性も多い。しかし冷戦では、敵も敵の場所も、イデオロギーも明確に分かっていたが、コード戦争では敵もその名前も明確でなく、たとえ脆弱でも発展して強力になる可能性もあり、対処がきわめて難しい。この問題に向き合うためには、われわれは創造的Creativeでなければならず、多様な複数の武器が必要である。インターネットに関わる技術的対策にとどまらず、法律をもとに犯罪の訴訟、攻撃者Cyber attackerの国際的行動の追跡など。冷戦でやったように、同盟関係を構築し、協力し、法を重視して倫理的・論理的に追及し、敵に咎めなしに悪行を継続させることのないようにしなければならない。とくにこれらの議論を公開の場で堂々とやるべきである。フェア・秩序・清潔などの価値は、引き続き重要である。しかし実現は、なかなかたやすいものではない。

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John P. Carlin"Dawn of the Code War"(3)

Foreword TeaMpOisoN
2.Junaid HussainとTeaMpOisoN
 イギリスのバーミンガムにパキスタン系イスラム教徒の家庭に生まれ育ったハッカー、Junaid Hussain(1994-2015.8.25)のエピソードである。彼はラッパーに憧れる少年であったが、やがて西側の文化・政治に反発を感じるようになり、インターネットを介してハッカー・グループTeaMpOisoNの主要メンバーになり、イギリス首相トニー・ブレアのアカウントをハッキングして個人情報をオンラインで公開するなどした。
 彼は、トレックTriCkの名を用いて行動し、21歳以下の若者・子供たちをインターネットを介してリクルートし、フランスの2015年チャーリー・ヘブド銃乱射事件や、同年のアメリカ・テキサス州のカーティス・カルウェル・センターの攻撃など、ムハンマドの戯画冒涜に起因するテロ行為を遠隔から指令した。
 これらの行為は、テロ行為そのものとして成功するか否かにかかわらず、事件の予知がきわめて難しく、事件の突然の発生自体が取り上げられて恐れられるという大きなアピール効果をもたらし、心理的には常に勝利する、という一方的な特性がある。この行動の目的を鑑みて、オバマ大統領はJunaid Hussainを大っぴらに取り上げると「第二のアンワル・アル・アウラキ」として彼が却って崇拝されることを避けようと、スタッフに彼の行動や罪を大きく取り上げないよう指示した。しかし結果は、マスメディアが騒ぎ立て、むしろオバマ大統領が無関心か弱腰だと責め立てられることになった。
 Junaid HussainはHome Grown Terroristの優れたリクルータとして活動し、たとえばコソボ出身のゲームオタクであったFeriziをリクルートした。Feriziは、コソボ・ハッカー・セキュリティー(KHS)というハッカー・グループをつくって、マイクロソフト社のホットメール・サーバーをハッキングして7,000人の顧客のカード情報を盗み出し、さらに1,351人のアメリカ軍・政府の人事情報を盗んだ。これはHussainの手にわたり、ISILの殺害対象者リストになった。
 Hussainは、2015年8月シリアのラッカで、ドローン爆撃により殺害された。
 このように、最初はゲームやラップに熱中する少年たちが、実世界を直接目にする機会もないままに、無機質のインターネットで指示を受けてリアル空間で大事件を起こすことが増加している。法廷ではFeriziは、事件に巻き込まれた幼い少年として扱われたが、裁判官は「コンピューターで遊ぶことは、ゲームに終わらないことがある」と警告した。

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John P. Carlin,"Dawn of the Code War"(2)

Foreword TeaMpOisoN
1.ジハードとインターネット
 2000年以前は、すでにインターネットはあったものの、国外から個人に直接1対1、あるいは1対複数に情報を迅速に伝達する手段はなかった。しかし2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件のころから、ハッカー・グループやテロ・グループのメンバー間のインターネット経由の直接的情報伝達が普及した。たとえば、アル・カーイダal-Qaedaでも、2000年最初期以前のウサマ・ビン・ラデインと、アメリカ同時多発テロ事件に活躍したアンワル・アル・アウラキAnwar al-Awlakiとでは、インターネットの高度利用において明らかな世代格差がある。
 アメリカのニューメキシコ州にイエメンからのフルブライト留学生の子として1971年に生まれたアンワル・アル・アウラキAnwar al-Awlakiは、7歳のときいったん家族とともにイエメンに戻り、1991年アメリカに帰ってコロラド大学で学んだ。学内のムスリム学生連盟の議長を勤め、やがてイマーム(イスラム教指導者)となった。アメリカ国籍を持つアンワル・アル・アウラキは、英語にもスピーチにも優れ、説得力にも長け、ネットを介して自宅からアジテーションをする、新たな若手のイスラム活動家をリクルートする、テロを命ずる、爆弾製造を指示する、などすべての能力に於いて卓越した指導者であった。2000年の米艦コール襲撃事件、2001年9月のアメリカ同時多発テロ事件、2009年11月に発生した米陸軍基地銃乱射事件、2009年12月のデルタ航空機爆破テロ未遂事件などの実行者たちに直接会い、説教を行い、絶大な尊崇を受けていたという。2010年オバマ大統領は、アメリカ国家安全保障会議の承認を得たうえでアウラキ殺害を指示し、2011年9月イエメン中部マーリブ州でCIAの無人機による攻撃により殺害した。
 この後、al-QaedaからISILが派生したあとは、ツイッターなどの新しいメディアが、テロ組織の組織形成・運用管理に全面的に活用されるようになった。リクルート活動では、10億ほどのメールやツイッターを発信すれば、たとえ成功確率が10万分の1でも1万人をリクルートできるのである。メンバー間の連絡や指令にも、一日当たり4万回にのぼるツイッターが交わされたという。さらには、テロ活動の勝利、殉死、処刑などをビデオ映像でオンラインに広範囲に公表して、心理的インパクトの大きいアピールが簡単に行えるようになった。
 いわゆるホームグローン・テロHome Grown Terrorismは、インターネットの所産である。ジハードを命令・指示するリーダーは、もはやウサマ・ビン・ラデインのころのようにカリスマとして戦士に面会することもなく、遠く離れたイエメンや中東から、アメリカの住民からリクルートしたアメリカのジハード戦士を操作・指令するのである。実行者が成功する、あるいは失敗することを、リーダーは気にしない。攻撃される側からみて不都合なことは、敵にジハードに必要な軍事知識・技術・武器のすべてを与えてしまう事であり、しかもリクルート段階から攻撃実行まで、テロ集団としての動きが顕在化せず、ネット上だけの情報の行き来であるため、きわめて発見しにくく、したがって予防しにくいのである。

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John P. Carlin, Garrett M. Graff, "Dawn of the Code War"(1)

まとめ
 著者John P. Carlinは、オバマ政権で国家安全保障の司法副長官として、テロ、スパイ、サイバー攻撃などを担当した法務官僚である。ハーバード大学ロースクールを修了後、FBIの検察官として、知的財産権、テロ対策、サイバー犯罪などに携わった経歴があり、現在はリスク管理・危機管理の専門家として法律事務所を経営している。共著者のGarrett M. Graffは、サイバーセキュリティーと関連技術を専門とするジャーナリストである。
 Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020を読んで、ごく簡単にだが、現代では「サイバー戦争」が新しい課題として問題化しつつある、との記述があったので、サイバー戦争、あるいはサイバーによる新しい脅威について知りたいと思い、アマゾンのホームぺージをじっくり探して、この本を選択した。”The Kill Chain”のときも同じだが、在野の無責任な学者や評論家の著作より、政府中枢に近いところで実務をあつかった人物の著作の方が得るところが多いのではないか、と考えて選択した結果である。
 サイバーセキュリティーの問題は、インターネットが本格的に普及しはじめた1990年代ころからの高々30年間に急増し、リアル空間の戦争とは位相が異なるものの、新たな、アイマイな、複雑かつ深刻な脅威として存在している。
 本書はサイバー脅威について、歴史の概要を紹介したうえで、著者John P. Carlinがオバマ政権時代の8年間にアメリカが実際に経験した事件を題材に、きわめて具体的・詳細に論述している。
 サイバー攻撃の目的は、ターゲットに対して、カネを奪う、いやがらせを加える、高度技術・国家機密・企業秘密を盗む、文化・価値観を棄損する、リアル空間の戦争と組みあわせて攻撃力を高める、などきわめて多様である。サイバー空間の行為というヴァーチャルな事象だが、被害あるいは効果は甚大となり得る。Dawn-of-the-code-war
 アメリカが具体的にサイバー脅威の敵と当面みなしているのは、中国・ロシア・イラン・北朝鮮の4か国と、非国家的存在としてのISILである。
 中国は、アメリカにとってサイバー空間での最大の敵であり、とくに技術情報・企業機密などの窃盗は範囲も規模も莫大である。アメリカが資本と時間を投入して達成した先端技術を盗み、経済情報を盗み、コストフリーで自国の技術革新と経済成長の達成に邁進している。さらに軍事力の強化のために、アメリカの軍事技術・軍事機密も常に狙っている。そのうえアメリカ人の個人情報や富裕層の購買動向など、これまでスパイ活動の対象と想定できなかった範囲にまで活動を広げていて、不気味である。実行犯が逮捕され起訴されたときは訴訟過程の情報を盗んで、裁判を有利に進めようとするような、確信犯として行き届いた動きまである。中国共産党のもと人民解放軍が元締めとなって、国を挙げてリアル空間とともにサイバー空間でも組織的なスパイ活動を、あたかも国家ビジネスのように、ホワイトカラーの通常勤務の時間帯で遂行しているのが特徴である。中国は、巨大な購買力をバーゲイニング・パワーとして、アメリカ企業に対して圧力をかけるのに最大限活用している面もある。
 ロシアは、旧ソ連以来の技術と人材の蓄積があり、サイバー攻撃の技術はもっとも進んでいる。アメリカなど西側世界の民主主義に鋭く対決するとともに、新しいマフィアのようにあらゆる犯罪をサイバー空間でしかけてくる。アメリカのみならず西側諸国の軍へのさまざまなサイバー攻撃も多い。アメリカ大統領選挙へのサイバー攻撃による干渉など、従来のサイバー攻撃に見られなかったような、アメリカの民主主義への不信感醸成を図るような行動もする。リアル空間での戦争に並行して、サイバー攻撃をかけて戦争を有利にすることも実行している。
 イランは、アメリカとイスラエルに徹底的に敵対し、カネ・技術のみならずアメリカ社会の不安定化を狙って大胆なサイバー攻撃をしかけてくる。国内の反体制派に対するサイバー攻撃も多い。
 シリアのシリア電子軍は、リアル空間の実際の戦争に並行してサイバー攻撃をする。シリア内の反体制派とは、サイバー空間でも対決と小競り合いが続いている。またアメリカのメディアのネットワークに侵入してフェイクニュースを流し、アメリカ社会を混乱させたこともある。
 北朝鮮は、飢渇を免れようとカネを奪うことに熱心だが、ときに自国トップの権威・メンツの誇示のために、意外で特異なサイバー攻撃をしかけてくる。
 ISILは、ホーム・グローン・テロリズムの宣伝と、ジハード戦士のリクルート活動が中心である。
 われわれの日常生活は、広く深くインターネットに依存しているが、インターネットの通信網自身も、それに接続されるさまざまな要素も、すべて脆弱性を免れ得ず、サイバー脅威は根絶できる見込みはない。さらにサイバー犯罪は立証が容易でなく訴追に労力を要する。それでもリスクを正しく認識して正しく運用し、国家の諜報情報を併用・活用しながら、良心を維持する勢力が官民で協力して努力するならば、技術と法律とで抑制できる問題なのだ、と著者は自らの経験を踏まえて主張している。
 私は、これまで日本に生活していて、この本に出てくるようなサイバー攻撃の存在をほとんど知らなかったので、ずいぶん参考にもなり、新たに知ることが多かった。しかしいずれ他人ごとでは済まなくなる時がくるのだろう。サイバー問題の最前線で活動していた著者の詳細で具体的な叙述は、とても迫力があり、興味深かった。
本としての文章は、論理的で整理されていて読みにくいわけではないが、単語が通常よりかなり難しい。いささか文章も長めで、私は読み進めるのに多少苦労した。

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安倍首相退任にともなう次期総裁選をめぐって

 安倍首相が、持病の悪化で8年近く勤めた内閣総理大臣を辞職する宣言をしたため、次の自民党総裁、つまり首相が誰になるのか、メディアはそれだけでほとんど持ちきりになってしまっている。
 安倍首相は辞任を表明したと同じ会見で、コロナ対策の一環として感染者、より正確にはPCR陽性者の扱いについて変更することを告げた。これはこれまで第2類(実際には一部第1類に準ずる)の区分となっていたのを第5類に変更して、医療機関の余分な負担を緩和する、というもので、それなりに重要なことであるが、こちらの方への関心は低いようだ。「コロナ騒動」なるものは、メディアが中心となって人々を必要以上に脅えさせているが、そのメディアも本心では「コロナ騒動」を、さほど重要と考えていないのかも知れない。
 ともかく次期自民党総裁候補には、石破茂氏、岸田文雄氏、菅義偉氏の3人が名乗りをあげた。
 石破茂氏は政策について、「納得と共感の政治」をスローガンとして、①東京一極集中を是正するため、専任の担当閣僚を設置し、地域分散を妨げる要因の検証と対策を講じる、②持続可能で安心できる社会保障制度をつくるため「幸せ実現国民会議」をつくる、③自然災害や感染症などの対処のため「防災省」をつくる、④経済格差の是正のため、政策を総動員する、などが挙げられている。
 岸田文雄氏は政策について、「公正でやさしい政治」をスローガンとして、①子供の貧困や所得格差にともなう教育格差の問題に取り組む、②成長戦略の検討に本格的に取り組む、③戦後日本が大事にしてきた基本的な価値観を共有する国々と協力しながら、環境・エネルギー・保険・核軍縮など平和について旗を振り議論をリードしルール作りを先導する、④国民の協力を得られるリーダーを目指す、などがあげられている。
 菅義偉氏については、基本的に安倍首相の路線の継承という認識である。
 石破・岸田両氏の「政策」については、それぞれそれなりに「ゴール」は示そうとしているが、「どうやって」という具体的な行動の中味の部分があまりに貧弱である。かつて田中角栄は「日本列島改造論」を掲げ、比較的最近でも小泉純一郎は「郵政改革」を掲げ、いずれも「どのように」をかなり具体的に提示していたので、その内容の是非はともかく、政策には迫力があった。「こんな世の中にしたい」と考えることは必要だし良いことだが、それは普通の民衆でもできる。政治家とくに首相をめざす人には、具体的な「実現への道筋」を提示してほしい。厳しく言えば、安倍首相長期政権の8年近くの長い間、具体的な代案を真剣に考えていなかったのか、と思う。
 とくに石破氏のように、問題に対して行動計画が未定のままに専任の新しい組織や人事を割り当てるなどというのは、まったく本末転倒で、新しい無駄の創生になる可能性が大きく、賛同しかねる。地方創生担当大臣を経験して、他にもいろいろ思慮深そうな石破氏には、私も期待していたが、あまりに抽象的で内容の乏しいことに失望した。
 このたびの首相交代は、病気による任期途中のものだから、菅氏が政策を継承するというのは、至極妥当である。これを大きく変更するのであれば、早急に解散総選挙で民意の負託を得る必要が当然あるだろう。
 現在わが国には、政権をきちんと担当できる野党が育っておらず、政権与党にも弛緩が発生する可能性を常にはらんでいる。今回の総裁選をみて、与党内でさえ次の総裁を狙う候補が、いざというときに具体的なプランを提示できない、その意味で大いに怠慢であった、という事実をみたように思う。

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ミナ ペルホネン/皆川明 つづく 展 兵庫県立美術館(下)

 生活環境に適合するような服装を創作しようとすると、材料たる生地そのものから創作することが必要となる。そして生地を飾る刺繍やプリントのデザインも、日常の視線に耐え、時間の経過に耐え、時間とともに蓄積される人生の記憶に向き合い寄り添えるような、優しく包容力のあるデザインが求められる。こうして皆川明は「タンバリン」「たば」「ユキノヒ」などをはじめとする実に多数のモチーフを生地のデザインとして創作した。Photo_20200905084501
 生地の製造は、皆川明が納得する素材を日本国のみならず、世界各国から探し出し、求め、信頼のおける確かな工房・工場で製造する。製造には、惜しみなく人手と手間が傾注される。丹念に製造された貴重な生地は、精一杯無駄を省いて効率よく採用できるように、型紙は精一杯の工夫を凝らす。
 このように丹念に制作された作品なのだから、当然ミナ ペルホネンの製品は高価であろう。”the memory of clothes”というコーナーには、ユーザーから借りた15点の服が展示され、それぞれにその服の長期間にわたるユーザーの記憶・思い出が表明されている。ユーザーとともに貴重な時間を過ごした人生の一部としての服は、ユーザー個人としては当然大切な自分の一部である。私の個人的経験では、私にも思いがけず30年余りにわたって着用したスーツがあり、すでに裏地の一部はすり切れて見すぼらしくなってはいるが、私個人にはとても思い出多い私の一部である。私は、これまで服装に特段の思いもなく、ただ望ましい均整から多少外れる私の日本人的な体形になんとか適応してくれるというだけで購入した量産の既製品であったが、ごく最近そのメーカーであったレナウンが倒産し、ついに清算するというニュースを知って、長い時間の経過の回顧とともに、そこはかとない淋しさと喪失感を覚えた。いまから思えば、ミナ ペルホネンのコンセプトにならって、もっと値段は高くとも長持ちするスーツを買っていたならもっと価値はあっただろう、と後知恵で思ったりする。
Oip-1  わが国は、建造物や家屋の多くが木造で、基本的に長期間の耐久性は必ずしも高くなかったこともあり、さらに戦災で大量に焼失したという経緯もあって、とくに近代以降は住居も服装も、長持ちさせることに意識や努力を注いでこなかった面があるのではないか、と思う。それでも、故郷の景観や生活の雰囲気には、長い時間の経過にもかかわらず不変な要素も残っていて、そのなかに生きる日常人としては、もっと長期的視点で服装を考えることが意味あるかも知れないとも思う。
 一方では、世界的なファッションの流行に乗って、雰囲気を常に一新して新しい気分で前進を期するという姿勢も、経済的発展だけでなく人間の心性としてそれなりに価値があるという側面も理解できる。
 それにしても、戦後の高度成長を経たわが国の服飾という世界で、このように流行を追うことを否定し、自分のライフスタイルを意識してとことん追求する、とういう意味できわめて保守的な方針でデザインを極め、そして成功した、という皆川明というデザイナーの、信念と実行力と美的想像力には、ほんとうに敬意を感じた。

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ミナ ペルホネン/皆川明 つづく 展 兵庫県立美術館(上)

 典型的な真夏の盛りのような日、家人とともに神戸市の兵庫県立美術館に「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」というタイトルの展覧会を鑑賞した。生地と洋服などを生業とするデザイナーの展覧会なので、いつもの純粋美術の展覧会とは少し雰囲気がちがう、ユニークな展覧会であった。Oip-2
 皆川明は、1967年東京に生まれた。祖父が輸入家具屋さんだったというから、幼少期から生活空間内の美的状況に興味があったのかも知れない。高校時代まで陸上競技の長距離走競技に打ち込んでいたという。高校を卒業すると、大学に進学するかわりにヨーロッパ諸国を漫遊して、生活やライフスタイルに意識的な国としてフィンランドに出会った。さらにパリコレクションに出会って、ファッションに興味を持つようになったという。
 工場などに勤務しながら文化服装学院II部服装科(夜間部)を修了して、デザインの基礎を身に着けた。そして1995年、27歳で『ミナ(minä)』を設立して独立した。このとき自分で描いた方形にならべた30個の不規則な形のドットの塊の絵を以後のブランド・ロゴとしている。
Photo_20200903081501  2003年には、フィンランド語で蝶を意味するペルホネンを取り入れて、ブランド名を「ミナ ペルホネン」と改めて現在に至っている。
 “life and design”と題したコーナーでは、山形・沖縄・東京・パリの4つの都市を背景として、ミナ ペルホネンの服装をまとった登場人物の日常生活の様子を、ビデオ映像で淡々と示している。それぞれの都市がもつ自然、光、植物、都市風景、などのなかに、ミナ ペルホネンをまとった普通の人々が普通に生活しているのだが、背景のなかにしっくり溶け込んだ人間たちが、ミナ ペルホネンの服装とともに実に美しい絵となっている。皆川明は服装を、生活環境のなかに溶け込み、活かしながら共存する、共生することを目指しているのだということがよくわかる。服飾という存在が、自己表現以上に自分と環境とを整合させる手段なのであり、人間が同じ環境のなかで時間をかけて生活していく限り、自然や風景などの周辺環境の構成要素が短時間で変わることはなく、したがって服飾も短期間に変わるべきではない、というのが皆川明の思想であり、主張なのだ。

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Christian Brose, ”The Kill Chain”,2020(28)

10.絶対的優位であり得ない防衛力(3)
誰と一緒に戦うか
 さらに重要なことは、誰と一緒に戦うか、という問題である。望ましいパワーバランスを実現して、避け得ない緊張のなかで戦争を避ける状態を実現・維持するためには、アメリカ単独では難しく、仲間たる同盟国=allyが必須である。その同盟国は、攻撃されたら自ら防衛する備えと意志がある相手でなければ、アメリカが支援する価値がない。勝てる見込みのない戦争にアメリカが代わりに戦うことは、アメリカにとって意味がない。
 トランプが豊かな国に対して同盟を求めたことは正しい。しかしトランプが、世界の豊かな同盟国を「ただ乗り」だと批難して一部関係を悪化させたことは間違いだ。それは、対抗国の思うつぼに陥ることになる。同盟国の軍事力をときに制限してきたのはアメリカ側であり、それは同盟国がアメリカの必要以上に軍事力を増強したとき、彼らが争いのタネを増やしてアメリカの負担が余計に増加するのを抑制するためでもあった。
 今ではかつてよりリスクが大きくなっている。アメリカの前線の同盟国の軍事力が小さすぎると、アメリカ本土から遠い現地でアメリカの軍事力遂行が十分できない可能性もあり、同盟国にはこれまで以上に主体的に助けてほしいと思うケースも増えてくるであろう。同盟国には、自国のためのみでなくアメリカのために、軍事行動とともに、政治的・外交的な責任分担を期待することもあるだろう。[完]

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