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John P. Carlin"Dawn of the Code War"(3)

Foreword TeaMpOisoN
2.Junaid HussainとTeaMpOisoN
 イギリスのバーミンガムにパキスタン系イスラム教徒の家庭に生まれ育ったハッカー、Junaid Hussain(1994-2015.8.25)のエピソードである。彼はラッパーに憧れる少年であったが、やがて西側の文化・政治に反発を感じるようになり、インターネットを介してハッカー・グループTeaMpOisoNの主要メンバーになり、イギリス首相トニー・ブレアのアカウントをハッキングして個人情報をオンラインで公開するなどした。
 彼は、トレックTriCkの名を用いて行動し、21歳以下の若者・子供たちをインターネットを介してリクルートし、フランスの2015年チャーリー・ヘブド銃乱射事件や、同年のアメリカ・テキサス州のカーティス・カルウェル・センターの攻撃など、ムハンマドの戯画冒涜に起因するテロ行為を遠隔から指令した。
 これらの行為は、テロ行為そのものとして成功するか否かにかかわらず、事件の予知がきわめて難しく、事件の突然の発生自体が取り上げられて恐れられるという大きなアピール効果をもたらし、心理的には常に勝利する、という一方的な特性がある。この行動の目的を鑑みて、オバマ大統領はJunaid Hussainを大っぴらに取り上げると「第二のアンワル・アル・アウラキ」として彼が却って崇拝されることを避けようと、スタッフに彼の行動や罪を大きく取り上げないよう指示した。しかし結果は、マスメディアが騒ぎ立て、むしろオバマ大統領が無関心か弱腰だと責め立てられることになった。
 Junaid HussainはHome Grown Terroristの優れたリクルータとして活動し、たとえばコソボ出身のゲームオタクであったFeriziをリクルートした。Feriziは、コソボ・ハッカー・セキュリティー(KHS)というハッカー・グループをつくって、マイクロソフト社のホットメール・サーバーをハッキングして7,000人の顧客のカード情報を盗み出し、さらに1,351人のアメリカ軍・政府の人事情報を盗んだ。これはHussainの手にわたり、ISILの殺害対象者リストになった。
 Hussainは、2015年8月シリアのラッカで、ドローン爆撃により殺害された。
 このように、最初はゲームやラップに熱中する少年たちが、実世界を直接目にする機会もないままに、無機質のインターネットで指示を受けてリアル空間で大事件を起こすことが増加している。法廷ではFeriziは、事件に巻き込まれた幼い少年として扱われたが、裁判官は「コンピューターで遊ぶことは、ゲームに終わらないことがある」と警告した。

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